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世界のお葬式【インドネシア共和国】その1

インドネシア共和国(インドネシアきょうわこく)通称インドネシアは、南アジアのマレー半島からニューギニアにかけて5000キロにも及ぶ世界最大の諸島からなり、東南アジア南部に位置する共和制国家です。

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ペットの葬儀と供養について
現在は空前のペットブームです。

飼い主からしたら、ペットをペットと呼ばれる事に抵抗のある方も大勢おられるのではないでしょうか。

もはやペットは家族の一員として世間でも認められはじめているようです。

その証拠にペットが亡くなった時お葬式をあげる飼い主が、増えて来ました。

一昔前までは、ペットのお葬式というと、驚きを持って受け止められていましたが、今は普通のこととして受け入れられ、珍事として話題にあがることもありません。

飼い主は、ペットが亡くなった時に家族のそれと同じ様に、嘆き、悲しみ、また仏教徒であれば成仏を祈ります。

以前であれば遺体を庭に埋めるのが普通ですが、現在の住宅事情からはそれもままなりません。

ではペットのお葬式とはどのように執り行うのでしょうか。

ペットが亡くなった時に、動物病院か各市町村の役場に問い合わせればペット専用の葬儀社や、寺、霊園まで紹介してくれます。立会葬、合同葬、個別葬などがあります。

また、中には火葬の炉がついた車が自宅まで来てくれて、家族立会のもとお葬式を執り行うことができる所もあります。

あまりお金をかけられない場合は、市区町村の清掃事務所に電話をすれば、動物専用の焼却炉をもつ業者に焼却を頼んでもらえます。

動物は人間と同じ火葬場では火葬できないからです。

料金は自治体によってことなります。

また動物霊園のペットの対象は、犬猫はもちろんのこと、鳥、うさぎ、は虫類そたくさんの種類に対応しているので料金もまちまちです。

パンフレットを取り寄せて検討してみることも一つの手です。

喪中に年賀状を出してしまった場合は?

不幸のあった家からは、12月上旬頃で、「年賀欠礼状」が届くのが普通ですが、受け取ったのに忘れてしまっていたり欠礼状が届かなくて、知らずに年賀状を出してしまった場合はどうすればいいのでしょうか?

一般的には、気付いた時点で、非礼を詫びる手紙を書いて送るというのがマナーです。

文面に関しては「ご服喪中だとは存じ上げず、年賀を差上げてしまいました。どうぞお許しください」とお悔やみの言葉などを添えて送るのが普通になっています。

しかし、近年においては普通に年賀状を単なる「季節のあいさつ」と捉えて、年賀礼状を受け取ったのにもかからず、年賀状を送る人もいますし、問題なく受け取ると言う人も増えてきているようです。

年賀欠礼状を受け取った側は、慰めの言葉を贈りたい場合は、寒中見舞いとして慰めの言葉を送りましょう。

逆に、年賀状を受け取ってしまった場合も、すぐには返事を出さずに正月が過ぎてからというよりも松の内(一般的には1月7日過ぎのことを指す)を過ぎてからゆっくりと、寒中見舞いで「このたびは、お年賀をいただき、ありがたく存じます、今年は喪中につき、欠礼しました」という挨拶状を送ります。

当然、おめでたい言葉については、控えるのが一般的です。

年賀欠礼状自体は、遺族が故人と同居していたか、先方が故人を知っているか、家族同士で付き合っていたかなどを考慮して出す側も考えています。

そのため、仕事先などに関して言えば、年賀状を出すことは問題のないことなのかもしれません。

ご遺体が病院から式場へ向かう時

病院での辛いお別れの後、ご遺体が式場から葬儀会場へ向かう時はどうするものなのでしょう。

葬儀社に連絡をとれば、遺体を病院から運び出す車を運転手つきで用意してくれます。

また、私たち遺族が悲しみにくれていても、病院と葬儀社が連携をとり、遺族に変わって手配してくれる所もあります。

車が到着したら、ストレッチャーに移して車まで運びます。

もし、家族で遺体を運びたいということであれば、ワゴン車や遺体を寝かせて運べる車がある場合、又は、レンタカーを借りて運ぶ場合などは、法律的には全く問題はありません。

小さな子供が亡くなった場合などは、親が子を抱いて、タクシーを使ったり、車を使って一緒に連れ帰るという場合も多いようです。

また、自家用車で家族が遺体を運ぶ場合の注意点は、犯罪などの嫌疑がかからないように死亡診断書を携帯することを忘れてはいけません。

そして、遺体をひきとる時、主治医・看護士には、気持ちをこめたお礼を言っておきたいものです。

故人が特別お世話になったという場合や、長い期間入院していた場合などは、お礼の気持ちを形で表したいと思う方もおられるでしょう。

しかし病院によっては、現金でのお礼を禁止している所も少なくないので、菓子折などを持参してお礼するのもいいのではないでしょうか。

それでも心づけをしたい場合は、白い封筒に入れて「薄謝」と記して、お世話になった方に渡します。

なお病院の支払いなどは、家族が亡くなった場合、葬儀やその他の手配、各方面への連絡等、とても忙しくなりますので、退院時に済ましておくのが適当です。

供物・供花の依頼方法は?

供物は親戚の他にも、故人と親しかった人が手配する場合などが多いようです。

しかし供物は場所をとるものでもありますし、会場の雰囲気にそぐわない場合は、迷惑となってしまう場合がありますので、注意が必要です。

供物を贈る場合は、世話役を通じて事前に遺族の意向を確かめておくことをおすすめします。

また供物を贈る場合は、飾り付けの都合などもあるので早め早めに手配しましょう。

通夜に供えるものは、当日午前中まで、葬儀の場合は前日中には手配がすんでいる状態でなくてはなりません。

かさばらないものは直接持参しても大丈夫ですが、果物や缶詰の場合は、専門業者に配送を頼むのがいいでしょう。

もっとも確実で迷惑にならないのは、その葬儀を受け持っている葬儀会社に頼むことです。

予算を話せば、品物を選んでくれた上に、名札もつけてくれます。

また、故人に花を贈ることを供花(きょうか)といいますが、これを贈る場合にも、遺族の意向を確かめておくほうが無難でしょう。

供花には、生花と花環があります。

花環は主に東日本に多く見られるもののようです。

地域によっては多ければ多いほどいいとする所もあります。

しかし花環は大きく場所がかさみますし、野外に設置するものなので隣近所に迷惑をかけることもあり、都市部ではあまり見かけなくなりました。

花環を贈る場合は担当の葬儀社に頼みます。

生花の場合は、近所の生花店に頼むこともできます。

しかし他の花とのバランスもあるので、担当の葬儀社に依頼するほうが無難です。

最近では洋花のモダンな葬儀をあげる方もいらっしゃいますので、一般的な菊などが合わない場合もあります。

また逆もしかりです。

どうしても近所や知り合いの生花店に注文したい場合は、その店から担当葬儀社に問い合わせしてもらって、会場と同調させた生花を贈るのが望ましいでしょう。

香典支出の平均額とは?

熨斗袋の中に入れる金額に関しては、誰もが悩むところではないかと思います。

自治会などや組合の規約、企業によって内規での取り決めで、予め、いれる金額自体が決まっている場合もあり、その場合は悩む必要もないのですが、友人知人、親族など年齢などにバラつきがありますので、一概にこれといった平均額が、はっきりしないのが悩み所かと思いますので、平均的な額を見てみましょう。

基本的には、偶数など割り切れる数字や四や九などといった数字は避ける傾向にあります。

それぞれの平均額は、両親の場合は10万円、兄弟や姉妹といった近い親族は、だいたい3万円から5万円、祖父母、おじ、おば、といった関係なら、1万円から3万円、といったようになっているようです。

参列する際に、複数の人数で行う場合、例えば夫婦の場合は、1万円では失礼にあたると思われますので3万円にした方がいいでしょう。

友人の場合は、平均的には1万円、知人、近所の方の場合は、5000円となっています。

おかしくない金額を考えると、最低金額として1万円に統一しておいた方が失礼のない額ではないかと思います。

お通夜と告別式の両方に参列する場合は、お香典は二度出す必要は有りません。

逆に香典返しの際は、頂いた金額の半返しが失礼のない返し方ですので、そのようにします。

まとめて考える最低の金額と言うのは、ひとりで参列するときは1万円、二人以上の場合は3万円というのが相場のようです。

地方によってもこの額は変わってくるので、近所で取り決めがない場合は、予め、打ち合わせておくのも良いかもしれません。

喪に服すとは?

近年年末になると「喪中につき新年のご挨拶をひかえさせていただきます。」という葉書が届く様になりました。

では喪中の期間というのはどのくらい間のことなのでしょう。

大多数の方は1年くらいかな?と思っておられるのではないでしょうか。

実は「喪」に服する期間は「忌中」といって冥土で魂の審判が下される四十九日まで、というのが古来の常識でした。

喪が明けると「精進落とし」と言って魚料理を食べる宴を開いて普段の生活に戻って行くというのが、どの家庭にとっても常識でした。

明治七年太政官令で、●父母死亡...喪は五十日●義父母・祖父母の死亡...喪は三十日●夫の死亡...喪は三十日●妻・嫡子の死亡...喪は二十日と厳密に決められていました。

ではこの厳密とも言える取り決めがいつから現在のような習慣になったのでしょうか。

戦前までは明治の慣習が引きつがれていたようですが、戦後のドサクサ期に「喪は1年」という俗説がうまれたと言われています。

ですから「喪中につき云々・・・」という葉書は歴史的な背景はありません。

ですので喪が明けた五十日以降のお正月であれば本来的には年賀状を差し控える必要性はないといえます。

戦前喪が五十日であったことを考えると、日本人古来の感じ方に従えば、五十日以降はいつまでも服喪するより、気持ちを切り替えて故人を先祖の元へ送るというのも、一つの供養の考え方ではないでしょうか。

ですのでお正月は、年神様やその他の神様を迎える様な清々しい気持ちを持って故人をお迎えし、ともにお正月をお祝いするというのも日本人らしく、ほのぼのとするお正月の光景となるような気がいたします。

お正月は先祖供養の行事だった

お正月は日本人にとってはとても大切なものです。

都市部に仕事や家庭を持って生活している人も、大混雑のなか大変な思いをしながらも育った故郷に規帰省する姿は、帰省ラッシュとして年末年始の恒例の話題として新聞やテレビにも取り上げられています。

このお正月の時期の東京の道路などは驚くほどすいていることからも、どれだけ多くの日本人がこの時期、各田舎へ帰省しているかが分かります。

しかし、最近になって核家族化の中成長した若年層が、お正月に田舎に帰る理由が分からないと言っていたり、せっかくのお休みだから旅行に出かけたいなどと口にするのを耳にすることがあります。

確かにお正月の意味を教えられていなかったり、お正月を祝う習慣がない若年層にとっては、お正月もゴールデンウィークなどと同じただの連休なのかも知れません。

しかし、お正月というのは、日本で最も古い年中行事の一つだと言われています。

その起源については詳しくは分かっていませんが、仏教伝来以前よりお正月は存在していたと言われているのです。

そして実は仏教伝来まで、お正月は「お盆」の半年後にやってくる、盆と同じく「先祖をお祀りする行事」だったのです。

しかし、仏教の影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂蘭盆会「うらぼんえ」と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになりました。

しかしおおもとは、半年に一回の先祖を供養する大切な時期として、日本人の大切な年中行事の一つだったと考えられていたのです。

もしかしたら、その日本人としての土着の〝感覚〟が私たちを故郷へ、先祖の元へと駆るのかも知れません。

そして、現在は先祖としての認識は薄まりましたが、先祖を含めたファミリーとしての時間を大切にしようとしてお正月を故郷で迎えたいと思わせるのかも知れません。

その意識が、核家族というファミリーから核化した状態の家族の中で成長した若年層には浸透していないのは無理ないことかも知れません。

しかし、日本人にとってお正月は、本来は先祖に感謝し、神様に感謝し、今年も家族や自分が無事に過ごせるようにと想いを馳せる有意義な時間です。

せっかくのお休みですから、旅行に行くのもいいことですが、少しだけそんなことを思い出して心静かに元旦を迎えるのも旅行と同じ位に贅沢な時間となるのではないでしょうか。

ペットと一緒に埋葬されるにはどうすればいいか

一昔前までは、ペットが亡くなってしまったときには、泣きながら家の庭先などに埋めるか、自治団体に引き取ってもらって処分してもらうかする、ということがほとんどだったと思います。

近年では家族の一員として長年過ごしてきたペットが亡くなってしまったときに、家族の墓に埋葬したい、という人も多くなってきているようです。

海外の方では爆発的にペットと一緒にという希望者も増えていることもあるようです。

日本ではペットと一緒にお墓に埋葬されることに関しては、法律的な問題は特にはありませんが、先祖代々に続くお墓に入れる場合には、親族の説得や許可は必要になってくると思います。

また、墓地の管理者から「墓地自体の神聖さを損なう」という点から埋葬を断られるといったケースもあるようですので、ペットと一緒に埋葬されることは、近年までは簡単なことではなかったようです。

近年では、ペットと一緒に埋葬できる霊園がたくさん増えています。

基本的には、ペットを一緒に埋葬できるという点を除いて価格や管理料に関しても、一般の墓地と、ほとんど変わらない場合が多いようです。

詳しくは実際に霊園に訪ねてみて話を聞くのが、もっとも近道だと思います。

区画に関しては「一般区画」・「ペット可区画」といったように一般とは分ける配慮がされているようです。

大切な家族とともに、ご先祖様と亡くなってしまったペットへのお墓参りがいっしょにできるという点は、ペット愛好家にとっては、非常にうれしい点なのかもしれません。

お葬式には菊の花?

日本ではお葬式に菊の花が使用されるケースが多いようです。

また私たち自身も「菊」と言えば葬儀の花。

菊の花側からの連想でもお葬式の花と両者は切っても切れない関係の趣もあります。

ではお葬式にはどうして菊の花が使用されるのでしょうか。

他に花を飾ってはいけないの?と思われる方もいらっしゃるでしょう。

お葬式に菊以外の花を使用してはいけない宗教上の理由などがあるのでしょうか。

その答えはノーと言っても差し支えは無いようです。

近年では白木の祭壇に洋花を飾るお葬式も増えて来ました。

実は、菊で祭壇を飾る習慣は日本のものではなくフランスの習慣だという説もあります。

実際、西欧において菊はお墓参りに用いられています。

葬儀の際の献花にも菊が用いられる事が多いそうです。

原産国は中国のようですが、葬儀に菊を用いるようになったのは明治政府以降の西洋文化の影響によるものの様です。

もちろん日本でも菊の文化は古く平安時代から観賞用や薬草として用いられてきました。

菊は放射線状の花びらが沢山伸びて美しく整っているため、太陽の花と称され百中花の最上位にランクされた格式の高い花でもあります。

菊は本来不老不死、延命長寿、無病息災、邪気払い等の意味があります。

お葬式とは縁が薄い様にも感じられてしまいますが、菊は花もちが良く、栽培しやすく、香りも良く、またこの香りはのぼせをおさめる働きもあるため、故人を偲ぶ者に安らぎを与えてくれる効果もあるようです。

菊が定番となっている理由は案外この様な所にあるのかもしれません。

弔辞

もし弔辞を頼まれたら、とても重責でありますし気後れする方も多いのではないでしょうか。

しかし、弔辞は頼まれたら引き受けるのがマナーです。

族は故人の旅立ちにあたって、「この人に是非に」と思って依頼するものなので、よほどの事情でやむなくお断りする他は、引き受けるのがマナーです。

辞を引き受けた際は、スピーチは3分を目安に予め考えておきましょう。

四百字詰め原稿用紙をゆっくり読んで約1分となるので、原稿用紙3枚ほどの原稿を用意するのが良いでしょう。

内容はまず始めに、故人と自分との関係性をはっきりとさせると、聞いている人達にもその後の内容がわかりやすくなります。

それから、故人のお人柄にふれ、功績を讃えましょう。

次ぎに追悼と感謝の言葉を述べ、最後には遺族への慰めの言葉でまとめましょう。

また、葬儀によっては、複数の人が弔辞を読む場合があります。

こんな時よくおこることは、故人の功績などが同じ内容になってしまうことなどです。

できれば内容の重複をさけるため事前に内容の確認をしておきたいものです。

それから、弔辞は巻き紙か奉書紙に薄墨の筆で書き奉書紙で包み、表書きに弔辞と記します。

よく分からないときは、弔辞用の用紙が売っているので、そちらを購入すると良いでしょう。

葬儀は人生で最後の儀式です。

その人の人生にたった一度の貴重な儀式に、弔辞を頼まれるというのは、なかなかないことです。

また、遺族に選ばれたことはありがたいことでもあります。

特別に堅くなる必要はありません。

ですので、心をこめた言葉で精一杯の感謝の気持ちを述べればいいのではないでしょうか。

香典はいつ持っていく?

香典をいつ持って行くのか、ということに、特別な決まりごとはありません。

通夜、葬儀、告別式のいずれかに持っていくのが望ましいことですが、通夜に参列した場合は、その時に渡すのがよいでしょう。

ここで注意が必要なのは、訃報を聞いてすぐに駆けつける場合には、香典を持っていくことは避けるということです。

いかにも準備していたようで失礼にあたるからです。

ですので、香典は早すぎるタイミングで渡すことは避けましょう。

また、香典はむき出しにせずに、袱紗(ふくさ)に包んで持参します。

弔事の場合、袱紗(ふくさ)の色は、紺、グレー、紫など地味な色合いのものを選びましょう。

通夜や葬儀に香典を持参する場合は、まず受付で「この度はご愁傷さまです」と一礼しながらお悔やみを述べます。

その後に、袱紗(ふくさ)を開き香典を出します。

もし急なことで袱紗(ふくさ)が無い場合は風呂敷などで代用しましょう。

香典を渡す際には、相手が字を読めるように自分からは反対に向け「どうぞ御霊前にお供え下さい」等の言葉を添えます。

受付が無い場合や、遅れてしまったときには、焼香の際に霊前にそなえてもかまいません。

この場合の注意点は、名前を手前に向けてそなえるということです。

遠方でやむなく香典を郵送する場合は、現金書留で喪主に送ります。

最近では現金書留封筒に、不祝儀袋がそのまま入るようになりましたので、不祝儀袋にお金を入れてから、送りましょう。

また、これに葬儀に参列できない旨や、できなかった理由をお悔やみとともに書き添えた手紙を同封しましょう。

最近の遺影事情

葬儀の象徴ともいえる遺影ですが、「これは胸に残る」と思わせる遺影に巡り会うことは稀です。

デジタルカメラが普及して、老いも若きも皆カメラを携帯している時代にもかかわらず、良い遺影には巡り合わないものです。

よくあるのは、団体旅行や友人との旅行などの集合写真の中から、拡大修正して葬儀社が合成したものなどです。

しかし、そういう写真には故人の性格というか、生活のにおいの様なものが感じられず無機質なイメージを見た人に抱かせてしまいます。

それでは生きていた人の写真ではなくて、死んだ人の写真です。

人生に歴史有りというように、どんな人にもたくさんのエピソードやたくさんの経験があったはずです。

しかし〝死者の写真〟のような堅苦しい合成写真では、それらの背景が見えてきません。

日本人、特にご年配の方は写真嫌いと言われますが、どうせ大々的飾られ、人目にさらされるのですから、良い写真を残しておきたいものです。

自分の死後、自分のことを知らない曾孫やその子供達が遺影を目にすることが有るかも知れません。

その時に人格が偲ばれるような写真を残すのは、子供達が自分の来し方を知る上でも大切な役割を果たすものとなるのではないでしょうか。

今では遺影バンクというものもインターネット上にあり自分の大切な写真をいざという時、遺影にできるサービスもあります。

どんなことが起ころうと登録した人の遺影は守られます。

このサービスを目にした時,一度遺影について真剣に考えてみたいと思わされました。

グリーフケアとは

グリーフケアとは、大きな悲嘆(グリーフ)に襲われている人に対するサポートです。

突然の事故や、思わぬ病気などにより、ある日突然愛する家族を奪われたら、誰しもが大きな悲しみの淵に立たされ、わき上がる悲嘆に直面しなければなりません。

色々な研究により、死別の苦しみから心が癒え、悲しみを乗り越えて社会に戻っていく過程には以下のプロセスがあると言われています。

まずショック、喪失、閉じこもり、それから心の再生に向かうというものです。

この心が再生するまでには、何より時間が必要です。

また努力も必要です。

この辛く長い道のりを乗り越えていく作業を「グリーフ・ワーク」と呼びます。

この作業を見守るのが「グリーフケア」です。

一人では乗り越えられないほどの悲しみを背負ってしまう遺族にはケアが必要です。

このような遺族に、一人引きこもらずに悲しみを表現してもらい、再度社会と繋がって行くことをお手伝いするのがグリーフケアと言ってもいいでしょう。

このケアを行っている団体は、全国にたくさんあります。

市民グループレベルにまで及ぶと本当にたくさんのグループがあります。

このようなグループでは、お互いの体験を語り合うことによって、再生の過程を模索します。

一人で悩んでいるより、多くの人の苦しみを直視することで、自分の持つ苦しみを客観的にとらえ心の再生を促します。

死は誰にも平等に訪れるものです。

自分もいつかは死ぬことによって人生の幕を下ろさなければなりません。

死は特別な存在ではなく、いつも私たちの身近に存在しているのです。

悲しみの淵に佇むことも、再生のためには必要な時間です。

そこから無理に引き戻すのではなく、再生を促すという自然な優しさがグリーフケアの神髄だと言えます。

遺骨を納骨せずに自宅におくことはできますか?

納骨することなく、自宅に安置しておくことは可能なのでしょうか?

仏壇などに普通に安置してある家庭も、実はあるのです。

実際には、自分と縁のある人物である遺骨に関しては、民法上では特に問題がありません。

ところが、自分とはまったく関係のない、他人の遺骨を預かることに関しては問題があります。

納骨堂としての許可証があるのであれば安置することも可能ですが、一般の家庭において、そのような許可証の発行はまずあり得ないはずですので、縁もゆかりもない他人の遺骨に関しては、自宅に安置することができません。

また、すでにお墓に埋葬されてしまっている場合には、そのような事情においては問題が発生する可能性もあります。

なぜなのか?と言うと、遺骨自体を御墓から取り出す際に、改葬するための許可証が必要になってくるためです。

これも普通に、一般の家庭において、墓地や納骨堂として認められるような許可証が発行されるようなことはないはずですので、一度、納骨してしまっている場合には、自宅に置いておくことは難しいでしょう。

墓埋法の第4条にある「埋葬又は焼骨の埋蔵は墓地以外の区域にこれを行ってはならない」とあることから、自宅に何処かに遺骨を安置しておくことは可能ですが、墓地区域でない自宅の庭などに、お墓を作って埋めるということは、法に触れることになりますので気を付けてください。

故人と少しでも一緒に居たいという気持ちも解りますが、できればきちんと納骨した方が安心できると個人的には感じます。

現代人の葬儀の在り方とはなにか?

各宗教宗派によって、いろいろな葬儀式はありますが、現代人になればなるほど、個人的な葬儀というのが多くなっているようです。

近年では、葬儀などの儀式を一切を行わず、翌日には火葬してしまう「直葬」が多くなっているようです。

わずらわしく感じる葬儀を本当に、親戚や友人、知人なども一切呼ばず、まったくの家族だけで済ましてしまう「家族葬」というものが増えてきているようです。

日本では、資金的な面からお葬式を行うこと自体が家族の負担と考える人が増えてきていたり、核家族化の問題もあるのかもしれませんので、時代の流れと言えばそうなのかもしれません。

葬儀というのは死んだ人のためにあるものではなく、今を生きている残された遺族のためにあるもの、と考えると人生の区切りというのを確りとやるには、どういう形であれ、葬儀はやはり必要ではないかと思います。

営利目的に特化した葬儀業者なども、たくさんあるようですので、現代人の葬儀に関して暗い話題になっているのかもしれません。

この頃は、高齢化した独居老人による孤独死という葬儀なども行うこともない、大変、悲しい事例も増えてきてしまっています。

宗教的な儀式なのか、慣習的な儀式なのか......どのようにとるかは家族や個人の問題なので、一概になんとも言えませんが、家族のつながりなどを再認識するためにも、葬儀には大きな意味があると再認識する時期に来ているのかもしれません。

自分なりの最後とはいっても、当人はもう居なくなっているわけですので、どのようになるかは解りませんが......。

葬儀と結婚式が重なってしまった場合はどうするか?

普段の生活の中で、弔事と慶事がどうしても重なってしまう場合があります。

親戚の葬儀と知人の結婚式が重なってしまった場合、どうしたらいいのでしょうか?

時間的な調整ができるのであれば、当然、両方に出席しますが、どうしても重なってしまった場合はどのような場合であれ、弔事を優先するのが一般的なマナーです。

葬儀は、その人にとって本当にたった一度のきりの最後の厳粛な儀式に他ならないからです。

慶事に関してもそうではあるのですが結婚式は何回もあるかもしれませんが、葬儀に関しては本当に一度きりのことです。

葬儀は、お通夜か告別式のどちらかに参列すればいいはずですので、時間的には調節を付けることも十分に可能かと思います。

家族や自分自身の結婚式と重なった場合、当然、葬式の参列は止めましょう。

余談になりますが、結婚式だけでなく、やむをえない事情のために参列できない場合はどうすればいいのでしょうか?

準備で急がしい喪家に、電話などでお詫びやお悔やみを伝えるのは、あまりに失礼にあたります。

まずは、弔電を打ってから、その後で、お悔やみの手紙を出すようにするのがいいでしょう。

列席できない理由が慶事なら、喪家の気持ちを考えて、あまり詳しく説明するのは控えておきます。

最後の別れにどうしても、ということでしたら、四十九日までは遺骨が喪家にあるはずですので、まずは遺族に連絡を取り、都合を聞いてから弔問して、お線香をあげて、故人を偲びましょう。

エンディングノートを書いてみる!

人間というのはいつどこでどうなるわかりません。人生の後半ともなれば、その「いざというとき」に現実味が増してきます。


そこで、最近では、いざというときのために金銭に関することや葬儀のことなど、あらかじめ自分の考えを記しておく「エンディングノート」という言葉がよく聞かれるようになってきました。


これは、遺言と違って法的効力はないそうですが、家族にとっては重要な判断材料になるようです。


このエンディングノートは値段も種類もさまざまあるようで、書き込む内容も家族への伝言といったものから、葬儀やお墓のこと、貯金や保健などに関するもの、自分史など実に幅広い内容があるようです。本屋などにも売っているそうです。


こうしたエンディングノートをテーマにしたドキュメンタリー映画が10月1日にから公開されます。


「誰も知らない」などの作品で数多くの賞を受賞している是枝裕和監督がプロデューサーを務め、是枝監督の下で仕事をしてきた砂田麻美さんの初監督作品です。


主人公は砂田監督の実父で、がん宣告を受けて亡くなるまでを追いかけた作品です。



「段取り命!」という熱血サラリーマンだった砂田知昭さんが、第二の人生を謳歌しようとした矢先にがん宣告を受けます。


そして「自らの死の段取り」に取り組み、エンディングノートを作成していく過程を追っています。


予告編では、がん宣告を「人生の大誤算!!!」とするなど、決して暗く陰鬱な姿だけを見せるのではなく、笑いと涙のエンターテイメントに仕上がっているようです。


彼のエンディングノートの「Last to do」は「妻に(初めて)愛していると言う」だそうです。


位牌(いはい)を分けるとは?

先祖を祀る象徴的な対象は日本では位牌が挙げられるのではないでしょうか。

関西や関西の周辺地域では、夫婦を同じ位牌で祀るそうですが、その他は大抵、位牌は一つで、亡くなった人の家に祀るのが通常です。

しかし、中部地域と関東の北部地域には、一人の位牌をその人の子供の数だけ作る習慣のある地域があります。

これは、男女の隔てなく行われるそうで、子供は全て親の位牌をもらって祀る習慣があるそうです。

この場合は他家へ嫁いだ娘の場合も同じに位牌を譲り受け、嫁ぎ先の仏壇で祀るそうです。

ある地域では、親が亡くなった場合は、葬式の翌日に嫁いだ姉妹や分家した兄弟が集まり、喪主から親の位牌を分けてもらいます。

ただし、位牌を分けるのは既婚者に限られており、未婚者はその対象とはならないようです。

この位牌を客仏(きゃくぼとけ)と呼び、それぞれが、大切に家に持ち帰り、家には親戚や近所の人たちを招待して、盛大に披露が行われました。

それ以降、客仏は他の位牌と同様、区別することなく祀られたようです。

このように、この地域では、その家で産まれ育った者と、他家で育った者と、他家から譲り受けた客仏が平等に祀られましたられました。

このことから、日本人の祖先感がうかがえるような気がします。

家長夫婦が家を継ぐという、家長制度が一般的とされた昔の日本の堅苦しい制度ですが、位牌分けの慣習を通してみると、先祖という意識は、どれだけ広く持たれていたのかと驚かされます。

妻も、妻の両親も、母も母の両親までも先祖として大切に祀られてきたのですから、日本人の本来もっている大らかさがここに集約されている様な気がしてなりません。

ホテル葬は一般人でも可能?

「ホテル葬」というのは、ホテルを会場にして行われるお別れ会のことを指します。

ホテルは、社葬の会場として利用されることが多い様ですが、近年では、規模の小さな個人や一般のお別れ会としても提供されているようです。

しかし、ホテルでは結婚式や披露宴などといったお祝い事の会場となる場合も多いので、各ホテル独自の規制のようなものが設けられているので注意が必要です。

ホテル葬での主な規制は、「遺体」の運び込みはできないことが挙げられます。

また、「遺骨」「位牌」なども許可しない所も多い様ですので注意して下さい。

「線香」や「焼香」も、部屋や会場に匂いがつくので禁止されています。

「読経」も禁止されている場合がありますし、場合によっては「僧侶が僧衣で」入館することも規制の対象としているホテルもありますので予め確認の必要があります。

これらのことを考えるとホテル葬で行えるのは無宗教葬となる場合が多いということです。

よく見かけるホテル葬の形は遺影を飾り、献花をするというのが一般的なようです。

ですので、参列する場合も平服着用が原則となっている場合が多い様です。

しかし、故人が亡くなってすぐの場合は喪服の場合が相応しいこともあるので、一度確認しておくとよいでしょう。

また、ホテル葬を行う場合は○○さんを忍ぶ会、お別れ会などといった表現が使われ、○○葬という表現は控えます。

厳しい規制や制限のある中、ホテル葬をすることのメリットとは何かというと、ゲレードの高いお葬式をすることができることや、高いサービス、高い企画力や演出力。駐車場が完備されていること等が挙げられます。

シイバシ葬祭 本店地図
〒230-0042
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