
仏壇の安置に関しては、諸説いろいろありますが、そのうちのいくつかを考えてみましょう。
まずは「本山中心説」というのがあります。
仏壇の前に座った時、その延長線上に自分の宗派の総本山があるようにするように仏壇の向きを配置する考え方です。
次に「西方浄土説」というのがあります。
西方浄土と呼ばれる仏教で理想とされている方向である西を向いて拝めるように、仏壇を東向きに配置するという考えです。
さらに「南向北座説」というのもあります。
宮廷人が北に座って従者と対面していた、という古い慣習があり、それに習って北座になるように仏壇を配置するという方法です。
これらのは一意の方向を踏まえたうえで、納得のいく方向を考えて配置するのがいいと思われます。
神棚の場合は、南向き、東向きが良いようです。
複数階の建物の場合にその上に何があるかなども気にする必要があります。
最上階であれば問題はないかと思います。
不浄なものは穢れとあつかわれてしまうので、トイレやお風呂などの真下は避ける方がよいでしょう。
寝室もよくはありません。
人よりも上の鴨居上に祀るのがいいと思われます。
もう一つ注意したいのは、別々の部屋の方が良いのですが、神棚と仏壇を同室に配置しなければならない場合、どのように配置するのか頭を悩ませる問題ではないかと存じます。
そういう場合には、対面に配置するのはあまり良くないとされていますので注意してください。
仏壇の斜め上に、並列した方向に配置するのがいいでしょう。
古くなってしまった仏壇を新しく買い替えたい場合はどのようにすればいいのでしょうか?
新しい仏壇を購入した場合は、基本的には古い仏壇を処分する必要があります。
引っ越しの際の仏壇の取り扱い同様に自分の宗教宗派に合わせた対応が必要になると思いますので、檀家になっているお寺さんと相談して、必要に応じて「閉眼供養」による仏壇の「お魂抜き」「抜魂」などの儀式が必要に成る場合もあります。
閉眼供養をしたからといって、個人で分解して大型の粗大ゴミとして捨てるようなこともなるべくしないようにしてください。
菩提寺などがある場合は、どのように処分したらいいのか、先にそちらの方に相談するのが一番だと言えます。
新しい仏壇を購入した仏具店などでは、僧侶による閉眼供養を行った仏壇を引き取って処分してもらえることがほとんどですので、そちらも確認しておくといいでしょう。
その場合の仏壇は専門のお焚き上げ(お焚き上げと言っても現在は消防法やダイオキシンなどの環境問題で焼却は不可能)を行う場所に集められて、解体処分されることになります。
新しく購入した仏壇には、やはり、引っ越し後と同様に各宗教宗派によっては、「開眼供養」によるお魂入れの法要を行う必要があります。
この場合にも、当然、僧侶への御布施などが必要になります。
購入などの買い替えの時期というものも特にはありませんので、少し痛みが酷いと感じたときに買い替えるのがいいでしょう。
「坊主丸儲け」ということわざがあります。
これは、元手をかけず利益を上げることができるということで、やっかみを含んだ言い方をされる場合が多いようです。
実際に僧侶について語るときにも使われやすいことわざだと思われますが、現在の仏教の現状について否定的に「葬式仏教」と呼ばれることもあるようです。
仏教はもともと、葬儀などの儀礼を重視していなかったとされていますが、日本に伝わってくるまで、また、伝わってからの歴史の流れの中で、葬式仏教として形が整えられていったようです。
特に、江戸時代の檀家制度などによって、僧侶が布教などをする必要がなくなり、安定した生活ができるようになったことが影響しているそうです。
そうして近年では、そうした仏教に対し批判的な論調が増えてきました。
仏教界自身も、反省を持ってさまざまな取り組みを行っているようです。
しかし、一方で、仏教が葬式仏教などと揶揄されるようになったのも、仏教が教条主義的ではなく、柔軟な考え方があるためだという見方もあるようで、肯定的な考えもあるようです。
いずれにせよ、葬儀などの儀礼も含めて仏教が人々の心に深く浸透しており、「坊主丸儲け」などと言っている人が、葬儀に際して僧侶に深く感謝したりすることもあるようで、理屈だけでは割り切れないのが人間ということでしょうか。
ただ、将来的にはどうなっているのでしょうか。
仏教そのものを不要とするようにはならないでしょうが、仏教と葬儀が切り離される時代が来るのでしょうか、それとも、今後も仏教と葬儀が密接にかかわっていくことになるのでしょうか。
子どものころ、霊柩車を見たら親指を隠さなければならない、と信じて親指を隠した記憶のある人も多いのではないでしょうか。
親の死に目に会えないからと言われることが多いようです。
もちろんこれは迷信ですが、霊柩車といえば、御輿のような棺室を黒い車に乗せたものが多かったと思います。
これは宮型霊柩車と呼ばれています。
金額にすると二千万円程度だそうです。
これが最近減ってきているようで、目立ちすぎるというような理由もあると聞きます。
最近では洋型あるいはリムジン型と呼ばれるタイプが主流になっているようです。
他にバス型といってバスを改造したタイプなどもあるようです。
ただ、霊柩車も地方によって様相が異なるそうなので、一概には言えませんが。
昔は人が運んでいたわけで、そのうち時代劇で見るように大八車で運ぶようになり、自動車が出てきてトラックなどで運ぶようになってから霊柩車というものができてきたようですので、歴史としてはそれほど古くはないのでしょう。
今の形の霊柩車は大阪の葬儀屋が発祥だといわれているようです。
明治天皇が崩御された際には、鉄道霊柩車で東京から京都にある御陵の近くまで運ばれたそうです。
一般では、大正時代に名古屋で電車の霊柩車があったそうです。
その当時、東京や大阪でも計画があったそうですが、実現はしなかったといいます。
ネットで霊柩車を検索すれば、霊柩車を製造・販売している会社のホームページがいくつか見つかります。リースもあるようです。
そうやって検索していくと、「バイク型霊柩車」というのが見つかります。
どうやら外国でバイク愛好家のために編み出されたものだということですが、世界にはまだいろいろな霊柩車があるのでしょう。
引っ越しを行わなければならないとき、仏壇はどのように取り扱えばいいのでしょうか?
各宗教宗派などによっては、個別に"決まりごと"がある場合もあります。
引越し前に一度、閉眼供養で、一旦、仏さんを抜く「抜魂」、移動後に再度、開眼法要で仏さんを入れてもらう「入魂」という儀式を行う必要がある場合もあります。
「閉眼供養」というのは、仏壇や墓石を祭祀の対象から外して、ただのものに戻す儀式です。
これを行うことによって、仏壇を一旦、ただのものにして搬送する必要がある場合があるということです。
また、移動の際にも、他の荷物よりも早く引っ越し先に入れないといけない、と言ったこともあるかもしれませんので、自分の宗派に合わせた対応が必要になってくると思いますので、一度、檀家になっているお寺に相談したり、確認をしておいた方がいいでしょう。
普通に引っ越しの業者さんに頼めば、梱包までしてくれるサービスがあるのですが、万が一にも、自身で運ぶ際には、吊り提灯や掛け軸といった外せるパーツは徹底的に外し、内部の仏具に関しても、ひとつひとつ丁寧に梱包して、気を付けて搬送します。
仏具の搬送などを請け負っている専門業者もありますが、大手の引っ越し業者であればそれに対応するサービスはあるはずですので、業者に電話などをした際に聞いておくといいでしょう。
閉眼供養、開眼供養を行うための僧侶への御布施と、それなりの搬送費用が必要になってくる場合を考えて準備をしておきましょう。
3月11日に起きた東日本大震災では、岩手、宮城、福島を中心に広い範囲に大きな被害をもたらしました。
津波の被害が想像を絶するもので、さらに福島第一原発の事故が追い打ちをかけるという悲惨な状況です。
東日本大震災による全国の死者、行方不明者は8月2日の時点で2万522人となっており、このうち行方不明者は4,866人となっています。
こうした行方不明者の家族の人たちには、もしかしたらどこかで生きているかもしれないと考え、あきらめきれない人も多いようです。
しかし、お盆前には供養してあげたいと考え、行方不明のまま死亡届を提出して葬儀を行うケースが増えていると各マスコミ報じられています。
中には、死亡届を出さず、葬儀だけあげた人もいるそうです。
死者のうち92.5%が水死となっています。
今回の津波では、遺体どころか遺品すら跡形もなく消えてなくなったという場合もあり、津波の恐ろしさを改めて突きつけられた格好となりました。
お盆前に葬儀をあげることで、区切りがついて前に進もうとする気持ちになったという遺族がいる一方で、そうしたいが、いまだに気持ちの整理がつかず、踏ん切りがつかない人もいるようで、遺体がない中での葬儀というものが、いかに苦しい決断だったかということが想像されるでしょう。
死者のうち、身元不明のままとなっている遺体が1,000例を超えているようで、できるだけ早く遺族の元へ返したいと考えている警察では、行方不明者の家族のDNA情報をデータベース化し、照合する作業を始めたようです。
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだなと、お彼岸が近づく度に思わされますが、秋の気配が近づくと故人のお墓参りの季節だと感じられる方もたくさんおられるでしょう。
春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」といわれ、秋分の日は「先祖を敬い、亡くなった方をしのぶ日」とも言われており、国民の祝日に指定されています。
一般に、彼岸というと春分の日をさし、秋分の日は、秋のお彼岸と呼ばれ区別されています。
お墓参りに関しては、彼岸の日をはさんで前後三日のうち、つまり計七日の間に行けばよいとされています。
お墓参りには、花や線香を持参します。
水や水を入れる桶や掃除道具は管理事務所やお寺で貸してくれますが、借りることができない場合は持参します。
まず、手桶に水を汲み、その水で墓石を洗い清めます。
その後墓石回りの掃除をします。
次に花立に花をいけ、線香に火をつけ供えます。
こうしてから、故人の墓に拝礼します。
その際は、新しく汲んだ水をひしゃくでかけます。
これは仏様となった故人に、のどが渇かないようにと水を飲ませてあげるという風習からきています。
お彼岸近くになるとお供えのセットがスーパーなどで売られたりしますが、仏壇のある家では、新しい水やお花を飾り、彼岸団子やぼたもちをお供えします。
これは、正月にもちや団子を作るのと同じことで、先祖を供養することが本来の意味だったといわれいます。
こうしてお供えしたものを、仏壇や祭壇から下ろして、家族みなで、仏様と一緒に食べるのが昔からの慣わしです。
日本人の大多数が持っている数珠ですが、その起源についてまで知っているという方は少なくなってきているのではないでしょうか。
キリスト教やイスラム教の方まで持っているということは無いにしても、神道の方でも仏式の葬儀に参列する際は持参される方も多いとお聞きします。
そこまで日本人に根付いた数珠ですが、起源は仏教の起源と同じインドにさかのぼることができます。
数珠の玉数は基本的に108個です。
これは人間が持つ煩悩の数といわれています。
元々は数珠は仏号と唱えるときに「今何度唱えているか」を計算する道具でありました。
私たちが持つ108の乱れやすい心、すなわち煩悩を仏教の教えを唱えることによって救うための道具だったということでしょう。
玉を通す糸は私たちの心に通じているとも言われ、環状になっていることも心がまるく治まることを意味しているそうです。
それがシルクロードを渡り仏教と共に日本に広まると同時に、各宗派の様式を備えた数珠へと変化していきました。
基本の玉数は108個と変わりませんが、弟子玉や房の形状によって宗派を区別することができます。
持ち方も宗派ごとに特徴のある持ち方がある様です。
現在の私たちが使用している数珠は、煩悩を起源にした108個の数珠のかたちを基本としていますが、持ちやすくするために球数を半分にした54玉や1/4にした27玉、また108個にちなんだ18個の数珠など形式にとらわれない数珠が一般化してもいます。
1年ほど前に流通大手のイオンが、寺院紹介サービスとして葬祭業に参入し、物議をかもしたのは記憶に新しいところです。
これまでわかりづらかった葬儀費用について、いくつかのタイプとして目安となる料金表を明示しました。
これに仏教界が反発する一方、一般の人々には受け入れられたようです。
これまで、疑問に思いながらも高い葬儀費用を人々が受け入れてきましたが、近年では、お寺との関係が希薄になってきたことなどで、葬儀を行わない火葬のみの直葬が増えてくるようになりました。
戒名などは不要という人も増えています。
こうした中で、宗教学者の島田裕巳氏の「葬式は、要らない」がベストセラーになり、葬儀を巡る論争はさらに加熱したようです。
島田氏は、メディアのインタビューで、イオンのやり方は間違っていると批判しています。
結局はお寺にお金が入るわけで、お布施という本来の趣旨が資本の論理に取り込まれただけだなどとしています。
ただ、料金が明確にされたイオンの葬儀サービスは、一般人の支持を得ているようです。
危機感を持った仏教界でも、葬儀に関してこれまでとは違った前向きな取り組みが始まっているようです。
イオンは、三重県四日市市にあった老舗呉服屋「岡田屋」の7代目だった岡田卓也氏が発展させた企業で、ダイエーが衰退する中で、郊外に大型ショッピングセンターなどを次々に出店、業績を伸ばしてきました。
なお、現政権与党(2011年10月時点)である民主党の岡田克也氏は、岡田卓也氏の次男であることは知られています。
仏教を学ぶ上で必須とされているのが梵語、俗にいうサンスクリットではないかと思います。
古代インドで使われていた「完成した、洗練された」という意味を持つ言語で、規制が多く論理的でやや難解な言語です。
インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派に属し、ヨーロッパの言語に似通っています。
紀元前1500年前から使われています。
近年では、通常はデーヴァナーガリーという文字で書かれているのですが、様々な文字で書かれています。
その中のひとつの言葉に梵字があります。
日本で取り扱っているサンスクリットというのは、「悉曇学(しったん)」と呼ばれていて実際は、密教と密接関係していて独自発展していったため、実際に使われているデーヴァナーガリーとは全く異なり、この梵字という筆文字風の書体文字を主体としていて、非常に独特なのが特徴です。
通常の文法と語彙の知識だけでは、まったく整合性が取れなくなっているのも事実です。
そのために仏さまの象徴という意味合いが強く、梵字ひとつを仏様と表すこともできるようになっているのです。
仏教の原本は、サンスクリットを表記する文字のひとつが梵字なのですが、単純に表音文字であるだけで、それ自体が仏様を表しているなどとは、まったく関係のない部分も多くあるので、純粋にそれとこれとは別物として、切り離して考えると混乱は少ないと思います。
宗教的な意味合いで学ぶ場合と純粋に言語として学ぶ、そのように分けて考えると理解が深まると思います。
日本では火葬が一般的で、ほぼすべてが火葬となっていますが、この火葬というのは、仏教の伝来と共に日本に伝わったという説が有力なようです。
ただ、それ以前の古墳時代にも火葬が行われていた可能性が強いと言われています。
現在では火葬場で行われるのがほとんどですが、昔は集落から離れた場所で行う野焼きが一般的で、数十年前まで野焼きが行われた地域もあるようです。
ただ、火葬が広く行われるようになるのは江戸時代の頃くらいからで、それまでは棺桶に入れて土葬するのが一般的だったようです。
江戸時代くらいからは、墓地などに火葬場が作られるようになってきたそうです。
明治維新後に一時火葬禁止令が出されますが、2年ほどで撤回されています。
神仏分離の方針からですが、仏教徒らからの強い反発があったそうです。
また、衛生面という理由もあったそうです。
火葬の場合は、衛生面の他に、遺骨を簡単に持ち運べるようになるというメリットがあり、墓地の面積も少なくて済むなどのメリットもあり、普及が進んだようです。
世界にはイスラム教徒のように火葬してはならないというケースもあり、日本に住むイスラム教徒はどうしているのか気になりますが、日本にもイスラム教徒用に土葬ができる施設が2か所あるということです。
現在でも、東京や大阪など自治体が条例で禁じている場合もありますが、基本的に土葬が法律で禁じられているわけではありません。
東日本大震災では、遺体の数が多すぎて火葬場の能力を超えることとなり、腐敗が進む前に土葬されることが多くあったそうです。
弔電は訃報を受けたとき、遠方ですぐ駆けつけられない時や、仕事の都合がどうしてもつかずに駆けつけられない場合にとりあえずか打ちます。
これはお悔やみの挨拶が遅れないための配慮です。
弔電は故人の冥福を祈り、遺族にお悔やみための気持ちを伝えるためのものです。
文面の形式は、NTTの指定文例を使えば、悩む必要はありません。
自分で打つ場合は、葬儀の時に読み上げる場合があるので、わかりにくい言葉や忌み語は避けます。
また弔電は喪主に宛てて書きます。差出人がわかるように文中に差出人のフルネームを入れます。
喪主がわからない場合は、故人のフルネームを書きご遺族様、または、遺族ご一同と付け加えます。
また、先方の宗教がわからない場合は、宗教用語は使わないのが無難でしょう。
弔電は【電話】115番にダイヤルしAM8:00~PM10:00まで受け付けてくれます。午後7時までに受け付けた電報はその日のうちに配送してくれます。
また、配達日と時間も指定できますので、葬儀に間に合うように早めに打ちましょう。
また、インターネットでも「D-MAIL」で24時間申し込みできますので、一度のぞいてみましょう。
弔電の送り先についてですが、普通は弔電の受取人の自宅に打ちますが、葬儀が他の式場で行われる時は、その会場気付けで打ちます。
最後に弔電の忌み言葉を紹介いたしますので参考にして下さい。
【1】繰り返す言葉...不幸が重なるのを嫌うため(例:重ね重ね、かえすがえす、またまた等)
【2】繰り返しを予想させる言葉...不幸が再び訪れるのを嫌うため(例:再々、追いかける、次に、また、やがて等)
【3】九
【4】生々しい表現(例:死ぬ、生存中、自殺等)
【5】成仏できない言葉(例:浮かばれない、迷う)
【6】仏教用語や宗教用語(例:冥土、供養、成仏)
東日本大震災に便乗した詐欺や悪質商法が急速に増加中!
東日本大震災に便乗した詐欺や悪質商法が話題になっているようです。
偽装募金などはまだかわいい方で、被害を受けた自宅の補修などに関連したリフォーム詐欺や、放射能測定器をめぐる詐欺、貴金属の寄付を強要するなどさまざまあるようですが、葬儀に関するトラブルも起きているようです。
津波被害で亡くなられた犠牲者の遺体の安置に1日10万もの高額請求をされたケースなどがマスコミで報じられています。
地震や津波などで被害を受け、苦しんでいる被災者から金をだまし取るような行為には胸が痛みますが、火葬の順番が回ってこないなど一般的な葬儀とは異なる状況があり、そうした点に悪徳業者がつけ込むのでしょう。
一般的な葬儀では、遺体を自宅に安置できない場合、安置施設へ安置することになりますが、利用料としては数千円から数万円程度で、10万円というのはどうも高すぎるようです。
ネット上の掲示板にもこの問題が取り上げられていますが、葬儀業界に批判的な書き込みが目立つようで、諸外国に比べて高額すぎる葬儀費用を例に、葬儀社だけでなく日本の仏教そのものを批判する書き込みまであるようです。
こうした一部の心ない業者のせいで、大多数のまじめで誠実な業者まで色眼鏡で見られるというのもさみしいことです。
遺体安置所といえば、津波で亡くなられた人々が体育館のようなところで安置され、家族と見られる人が確認している様子を写した画像がネット上に出回っているようです。
外国メディアによるものらしいですが、こちらも賛否両論あるようです。
○○さんの友人を代表して、親友の○○にお別れの言葉を送ります。
○○さんが未だに死んだという実感がありません。
あまりに急逝だったので、今にも、そこにふと居るような気持ちになるのですが、本当にいなくなってしまったのですね。
葬儀後に、喪主・喪家は葬儀でお世話になった方々に『あいさつ回り』を行わなければいけない場合もあるかと思います。
挨拶先には、主に葬儀の司会者、葬儀委員長、故人の勤務先、近隣の方、故人が特にお世話になった方などがあります。
まず、司会者の方ですが葬儀の翌日、数日以内に行くといいでしょう。
本日は妻の○○の葬儀にお運びいただきまして、まことにありがとうございました。
本人も皆様には深く感謝を申し上げていることと存じます。
私は家庭を顧みることもなく仕事中心の生活をして、あまり妻を気遣ってやることもできず、気がつけばこのような悲しい結末を迎えてしまいました。
皆様、本当に御忙しい中、母・○○の葬儀にお運びくださいまして、ありがとうございました。
本人も感謝申し上げていることと存じます。
享年9○歳でございました。
故人の長男の○○でございます。
本日は難しい中、父・○○の告別式にお集まりいただき、ありがとうございました。
あまりに急逝でありましたので、自分も未だに父の死が信じられないほどです。
本日は突然のことながら、故人の通夜にご参列くださいましてありがとうございます。
皆様のおかげをもちまして、無事に通夜を終了させていただくことができました。
生前の故人のことについては、まだお聞きしたいこともありますが、皆様も明日のご予定もあると思いますので、ご自由におひきとりくださいませ。
本日はご多忙にもかかわらず、ご弔問いただき、まことにありがとうございました。
おかげさまで通夜も滞ることなく済ませることができました。
亡き・故人も喜んでいることと思います。

