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葬儀雑学

 

現在は空前のペットブームです。

飼い主からしたら、ペットをペットと呼ばれる事に抵抗のある方も大勢おられるのではないでしょうか。

もはやペットは家族の一員として世間でも認められはじめているようです。

その証拠にペットが亡くなった時お葬式をあげる飼い主が、増えて来ました。

一昔前までは、ペットのお葬式というと、驚きを持って受け止められていましたが、今は普通のこととして受け入れられ、珍事として話題にあがることもありません。

飼い主は、ペットが亡くなった時に家族のそれと同じ様に、嘆き、悲しみ、また仏教徒であれば成仏を祈ります。

以前であれば遺体を庭に埋めるのが普通ですが、現在の住宅事情からはそれもままなりません。

ではペットのお葬式とはどのように執り行うのでしょうか。

ペットが亡くなった時に、動物病院か各市町村の役場に問い合わせればペット専用の葬儀社や、寺、霊園まで紹介してくれます。立会葬、合同葬、個別葬などがあります。

また、中には火葬の炉がついた車が自宅まで来てくれて、家族立会のもとお葬式を執り行うことができる所もあります。

あまりお金をかけられない場合は、市区町村の清掃事務所に電話をすれば、動物専用の焼却炉をもつ業者に焼却を頼んでもらえます。

動物は人間と同じ火葬場では火葬できないからです。

料金は自治体によってことなります。

また動物霊園のペットの対象は、犬猫はもちろんのこと、鳥、うさぎ、は虫類そたくさんの種類に対応しているので料金もまちまちです。

パンフレットを取り寄せて検討してみることも一つの手です。

 

不幸のあった家からは、12月上旬頃で、「年賀欠礼状」が届くのが普通ですが、受け取ったのに忘れてしまっていたり欠礼状が届かなくて、知らずに年賀状を出してしまった場合はどうすればいいのでしょうか?

一般的には、気付いた時点で、非礼を詫びる手紙を書いて送るというのがマナーです。

文面に関しては「ご服喪中だとは存じ上げず、年賀を差上げてしまいました。どうぞお許しください」とお悔やみの言葉などを添えて送るのが普通になっています。

しかし、近年においては普通に年賀状を単なる「季節のあいさつ」と捉えて、年賀礼状を受け取ったのにもかからず、年賀状を送る人もいますし、問題なく受け取ると言う人も増えてきているようです。

年賀欠礼状を受け取った側は、慰めの言葉を贈りたい場合は、寒中見舞いとして慰めの言葉を送りましょう。

逆に、年賀状を受け取ってしまった場合も、すぐには返事を出さずに正月が過ぎてからというよりも松の内(一般的には1月7日過ぎのことを指す)を過ぎてからゆっくりと、寒中見舞いで「このたびは、お年賀をいただき、ありがたく存じます、今年は喪中につき、欠礼しました」という挨拶状を送ります。

当然、おめでたい言葉については、控えるのが一般的です。

年賀欠礼状自体は、遺族が故人と同居していたか、先方が故人を知っているか、家族同士で付き合っていたかなどを考慮して出す側も考えています。

そのため、仕事先などに関して言えば、年賀状を出すことは問題のないことなのかもしれません。

 

病院での辛いお別れの後、ご遺体が式場から葬儀会場へ向かう時はどうするものなのでしょう。

葬儀社に連絡をとれば、遺体を病院から運び出す車を運転手つきで用意してくれます。

また、私たち遺族が悲しみにくれていても、病院と葬儀社が連携をとり、遺族に変わって手配してくれる所もあります。

車が到着したら、ストレッチャーに移して車まで運びます。

もし、家族で遺体を運びたいということであれば、ワゴン車や遺体を寝かせて運べる車がある場合、又は、レンタカーを借りて運ぶ場合などは、法律的には全く問題はありません。

小さな子供が亡くなった場合などは、親が子を抱いて、タクシーを使ったり、車を使って一緒に連れ帰るという場合も多いようです。

また、自家用車で家族が遺体を運ぶ場合の注意点は、犯罪などの嫌疑がかからないように死亡診断書を携帯することを忘れてはいけません。

そして、遺体をひきとる時、主治医・看護士には、気持ちをこめたお礼を言っておきたいものです。

故人が特別お世話になったという場合や、長い期間入院していた場合などは、お礼の気持ちを形で表したいと思う方もおられるでしょう。

しかし病院によっては、現金でのお礼を禁止している所も少なくないので、菓子折などを持参してお礼するのもいいのではないでしょうか。

それでも心づけをしたい場合は、白い封筒に入れて「薄謝」と記して、お世話になった方に渡します。

なお病院の支払いなどは、家族が亡くなった場合、葬儀やその他の手配、各方面への連絡等、とても忙しくなりますので、退院時に済ましておくのが適当です。

 

供物は親戚の他にも、故人と親しかった人が手配する場合などが多いようです。

しかし供物は場所をとるものでもありますし、会場の雰囲気にそぐわない場合は、迷惑となってしまう場合がありますので、注意が必要です。

供物を贈る場合は、世話役を通じて事前に遺族の意向を確かめておくことをおすすめします。

また供物を贈る場合は、飾り付けの都合などもあるので早め早めに手配しましょう。

通夜に供えるものは、当日午前中まで、葬儀の場合は前日中には手配がすんでいる状態でなくてはなりません。

かさばらないものは直接持参しても大丈夫ですが、果物や缶詰の場合は、専門業者に配送を頼むのがいいでしょう。

もっとも確実で迷惑にならないのは、その葬儀を受け持っている葬儀会社に頼むことです。

予算を話せば、品物を選んでくれた上に、名札もつけてくれます。

また、故人に花を贈ることを供花(きょうか)といいますが、これを贈る場合にも、遺族の意向を確かめておくほうが無難でしょう。

供花には、生花と花環があります。

花環は主に東日本に多く見られるもののようです。

地域によっては多ければ多いほどいいとする所もあります。

しかし花環は大きく場所がかさみますし、野外に設置するものなので隣近所に迷惑をかけることもあり、都市部ではあまり見かけなくなりました。

花環を贈る場合は担当の葬儀社に頼みます。

生花の場合は、近所の生花店に頼むこともできます。

しかし他の花とのバランスもあるので、担当の葬儀社に依頼するほうが無難です。

最近では洋花のモダンな葬儀をあげる方もいらっしゃいますので、一般的な菊などが合わない場合もあります。

また逆もしかりです。

どうしても近所や知り合いの生花店に注文したい場合は、その店から担当葬儀社に問い合わせしてもらって、会場と同調させた生花を贈るのが望ましいでしょう。

 

熨斗袋の中に入れる金額に関しては、誰もが悩むところではないかと思います。

自治会などや組合の規約、企業によって内規での取り決めで、予め、いれる金額自体が決まっている場合もあり、その場合は悩む必要もないのですが、友人知人、親族など年齢などにバラつきがありますので、一概にこれといった平均額が、はっきりしないのが悩み所かと思いますので、平均的な額を見てみましょう。

基本的には、偶数など割り切れる数字や四や九などといった数字は避ける傾向にあります。

それぞれの平均額は、両親の場合は10万円、兄弟や姉妹といった近い親族は、だいたい3万円から5万円、祖父母、おじ、おば、といった関係なら、1万円から3万円、といったようになっているようです。

参列する際に、複数の人数で行う場合、例えば夫婦の場合は、1万円では失礼にあたると思われますので3万円にした方がいいでしょう。

友人の場合は、平均的には1万円、知人、近所の方の場合は、5000円となっています。

おかしくない金額を考えると、最低金額として1万円に統一しておいた方が失礼のない額ではないかと思います。

お通夜と告別式の両方に参列する場合は、お香典は二度出す必要は有りません。

逆に香典返しの際は、頂いた金額の半返しが失礼のない返し方ですので、そのようにします。

まとめて考える最低の金額と言うのは、ひとりで参列するときは1万円、二人以上の場合は3万円というのが相場のようです。

地方によってもこの額は変わってくるので、近所で取り決めがない場合は、予め、打ち合わせておくのも良いかもしれません。

喪に服すとは?

 

近年年末になると「喪中につき新年のご挨拶をひかえさせていただきます。」という葉書が届く様になりました。

では喪中の期間というのはどのくらい間のことなのでしょう。

大多数の方は1年くらいかな?と思っておられるのではないでしょうか。

実は「喪」に服する期間は「忌中」といって冥土で魂の審判が下される四十九日まで、というのが古来の常識でした。

喪が明けると「精進落とし」と言って魚料理を食べる宴を開いて普段の生活に戻って行くというのが、どの家庭にとっても常識でした。

明治七年太政官令で、●父母死亡...喪は五十日●義父母・祖父母の死亡...喪は三十日●夫の死亡...喪は三十日●妻・嫡子の死亡...喪は二十日と厳密に決められていました。

ではこの厳密とも言える取り決めがいつから現在のような習慣になったのでしょうか。

戦前までは明治の慣習が引きつがれていたようですが、戦後のドサクサ期に「喪は1年」という俗説がうまれたと言われています。

ですから「喪中につき云々・・・」という葉書は歴史的な背景はありません。

ですので喪が明けた五十日以降のお正月であれば本来的には年賀状を差し控える必要性はないといえます。

戦前喪が五十日であったことを考えると、日本人古来の感じ方に従えば、五十日以降はいつまでも服喪するより、気持ちを切り替えて故人を先祖の元へ送るというのも、一つの供養の考え方ではないでしょうか。

ですのでお正月は、年神様やその他の神様を迎える様な清々しい気持ちを持って故人をお迎えし、ともにお正月をお祝いするというのも日本人らしく、ほのぼのとするお正月の光景となるような気がいたします。

 

お正月は日本人にとってはとても大切なものです。

都市部に仕事や家庭を持って生活している人も、大混雑のなか大変な思いをしながらも育った故郷に規帰省する姿は、帰省ラッシュとして年末年始の恒例の話題として新聞やテレビにも取り上げられています。

このお正月の時期の東京の道路などは驚くほどすいていることからも、どれだけ多くの日本人がこの時期、各田舎へ帰省しているかが分かります。

しかし、最近になって核家族化の中成長した若年層が、お正月に田舎に帰る理由が分からないと言っていたり、せっかくのお休みだから旅行に出かけたいなどと口にするのを耳にすることがあります。

確かにお正月の意味を教えられていなかったり、お正月を祝う習慣がない若年層にとっては、お正月もゴールデンウィークなどと同じただの連休なのかも知れません。

しかし、お正月というのは、日本で最も古い年中行事の一つだと言われています。

その起源については詳しくは分かっていませんが、仏教伝来以前よりお正月は存在していたと言われているのです。

そして実は仏教伝来まで、お正月は「お盆」の半年後にやってくる、盆と同じく「先祖をお祀りする行事」だったのです。

しかし、仏教の影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂蘭盆会「うらぼんえ」と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになりました。

しかしおおもとは、半年に一回の先祖を供養する大切な時期として、日本人の大切な年中行事の一つだったと考えられていたのです。

もしかしたら、その日本人としての土着の〝感覚〟が私たちを故郷へ、先祖の元へと駆るのかも知れません。

そして、現在は先祖としての認識は薄まりましたが、先祖を含めたファミリーとしての時間を大切にしようとしてお正月を故郷で迎えたいと思わせるのかも知れません。

その意識が、核家族というファミリーから核化した状態の家族の中で成長した若年層には浸透していないのは無理ないことかも知れません。

しかし、日本人にとってお正月は、本来は先祖に感謝し、神様に感謝し、今年も家族や自分が無事に過ごせるようにと想いを馳せる有意義な時間です。

せっかくのお休みですから、旅行に行くのもいいことですが、少しだけそんなことを思い出して心静かに元旦を迎えるのも旅行と同じ位に贅沢な時間となるのではないでしょうか。

 

一昔前までは、ペットが亡くなってしまったときには、泣きながら家の庭先などに埋めるか、自治団体に引き取ってもらって処分してもらうかする、ということがほとんどだったと思います。

近年では家族の一員として長年過ごしてきたペットが亡くなってしまったときに、家族の墓に埋葬したい、という人も多くなってきているようです。

海外の方では爆発的にペットと一緒にという希望者も増えていることもあるようです。

日本ではペットと一緒にお墓に埋葬されることに関しては、法律的な問題は特にはありませんが、先祖代々に続くお墓に入れる場合には、親族の説得や許可は必要になってくると思います。

また、墓地の管理者から「墓地自体の神聖さを損なう」という点から埋葬を断られるといったケースもあるようですので、ペットと一緒に埋葬されることは、近年までは簡単なことではなかったようです。

近年では、ペットと一緒に埋葬できる霊園がたくさん増えています。

基本的には、ペットを一緒に埋葬できるという点を除いて価格や管理料に関しても、一般の墓地と、ほとんど変わらない場合が多いようです。

詳しくは実際に霊園に訪ねてみて話を聞くのが、もっとも近道だと思います。

区画に関しては「一般区画」・「ペット可区画」といったように一般とは分ける配慮がされているようです。

大切な家族とともに、ご先祖様と亡くなってしまったペットへのお墓参りがいっしょにできるという点は、ペット愛好家にとっては、非常にうれしい点なのかもしれません。

 

日本ではお葬式に菊の花が使用されるケースが多いようです。

また私たち自身も「菊」と言えば葬儀の花。

菊の花側からの連想でもお葬式の花と両者は切っても切れない関係の趣もあります。

ではお葬式にはどうして菊の花が使用されるのでしょうか。

他に花を飾ってはいけないの?と思われる方もいらっしゃるでしょう。

お葬式に菊以外の花を使用してはいけない宗教上の理由などがあるのでしょうか。

その答えはノーと言っても差し支えは無いようです。

近年では白木の祭壇に洋花を飾るお葬式も増えて来ました。

実は、菊で祭壇を飾る習慣は日本のものではなくフランスの習慣だという説もあります。

実際、西欧において菊はお墓参りに用いられています。

葬儀の際の献花にも菊が用いられる事が多いそうです。

原産国は中国のようですが、葬儀に菊を用いるようになったのは明治政府以降の西洋文化の影響によるものの様です。

もちろん日本でも菊の文化は古く平安時代から観賞用や薬草として用いられてきました。

菊は放射線状の花びらが沢山伸びて美しく整っているため、太陽の花と称され百中花の最上位にランクされた格式の高い花でもあります。

菊は本来不老不死、延命長寿、無病息災、邪気払い等の意味があります。

お葬式とは縁が薄い様にも感じられてしまいますが、菊は花もちが良く、栽培しやすく、香りも良く、またこの香りはのぼせをおさめる働きもあるため、故人を偲ぶ者に安らぎを与えてくれる効果もあるようです。

菊が定番となっている理由は案外この様な所にあるのかもしれません。

弔辞

 

もし弔辞を頼まれたら、とても重責でありますし気後れする方も多いのではないでしょうか。

しかし、弔辞は頼まれたら引き受けるのがマナーです。

族は故人の旅立ちにあたって、「この人に是非に」と思って依頼するものなので、よほどの事情でやむなくお断りする他は、引き受けるのがマナーです。

辞を引き受けた際は、スピーチは3分を目安に予め考えておきましょう。

四百字詰め原稿用紙をゆっくり読んで約1分となるので、原稿用紙3枚ほどの原稿を用意するのが良いでしょう。

内容はまず始めに、故人と自分との関係性をはっきりとさせると、聞いている人達にもその後の内容がわかりやすくなります。

それから、故人のお人柄にふれ、功績を讃えましょう。

次ぎに追悼と感謝の言葉を述べ、最後には遺族への慰めの言葉でまとめましょう。

また、葬儀によっては、複数の人が弔辞を読む場合があります。

こんな時よくおこることは、故人の功績などが同じ内容になってしまうことなどです。

できれば内容の重複をさけるため事前に内容の確認をしておきたいものです。

それから、弔辞は巻き紙か奉書紙に薄墨の筆で書き奉書紙で包み、表書きに弔辞と記します。

よく分からないときは、弔辞用の用紙が売っているので、そちらを購入すると良いでしょう。

葬儀は人生で最後の儀式です。

その人の人生にたった一度の貴重な儀式に、弔辞を頼まれるというのは、なかなかないことです。

また、遺族に選ばれたことはありがたいことでもあります。

特別に堅くなる必要はありません。

ですので、心をこめた言葉で精一杯の感謝の気持ちを述べればいいのではないでしょうか。

 

香典をいつ持って行くのか、ということに、特別な決まりごとはありません。

通夜、葬儀、告別式のいずれかに持っていくのが望ましいことですが、通夜に参列した場合は、その時に渡すのがよいでしょう。

ここで注意が必要なのは、訃報を聞いてすぐに駆けつける場合には、香典を持っていくことは避けるということです。

いかにも準備していたようで失礼にあたるからです。

ですので、香典は早すぎるタイミングで渡すことは避けましょう。

また、香典はむき出しにせずに、袱紗(ふくさ)に包んで持参します。

弔事の場合、袱紗(ふくさ)の色は、紺、グレー、紫など地味な色合いのものを選びましょう。

通夜や葬儀に香典を持参する場合は、まず受付で「この度はご愁傷さまです」と一礼しながらお悔やみを述べます。

その後に、袱紗(ふくさ)を開き香典を出します。

もし急なことで袱紗(ふくさ)が無い場合は風呂敷などで代用しましょう。

香典を渡す際には、相手が字を読めるように自分からは反対に向け「どうぞ御霊前にお供え下さい」等の言葉を添えます。

受付が無い場合や、遅れてしまったときには、焼香の際に霊前にそなえてもかまいません。

この場合の注意点は、名前を手前に向けてそなえるということです。

遠方でやむなく香典を郵送する場合は、現金書留で喪主に送ります。

最近では現金書留封筒に、不祝儀袋がそのまま入るようになりましたので、不祝儀袋にお金を入れてから、送りましょう。

また、これに葬儀に参列できない旨や、できなかった理由をお悔やみとともに書き添えた手紙を同封しましょう。

最近の遺影事情

 

葬儀の象徴ともいえる遺影ですが、「これは胸に残る」と思わせる遺影に巡り会うことは稀です。

デジタルカメラが普及して、老いも若きも皆カメラを携帯している時代にもかかわらず、良い遺影には巡り合わないものです。

よくあるのは、団体旅行や友人との旅行などの集合写真の中から、拡大修正して葬儀社が合成したものなどです。

しかし、そういう写真には故人の性格というか、生活のにおいの様なものが感じられず無機質なイメージを見た人に抱かせてしまいます。

それでは生きていた人の写真ではなくて、死んだ人の写真です。

人生に歴史有りというように、どんな人にもたくさんのエピソードやたくさんの経験があったはずです。

しかし〝死者の写真〟のような堅苦しい合成写真では、それらの背景が見えてきません。

日本人、特にご年配の方は写真嫌いと言われますが、どうせ大々的飾られ、人目にさらされるのですから、良い写真を残しておきたいものです。

自分の死後、自分のことを知らない曾孫やその子供達が遺影を目にすることが有るかも知れません。

その時に人格が偲ばれるような写真を残すのは、子供達が自分の来し方を知る上でも大切な役割を果たすものとなるのではないでしょうか。

今では遺影バンクというものもインターネット上にあり自分の大切な写真をいざという時、遺影にできるサービスもあります。

どんなことが起ころうと登録した人の遺影は守られます。

このサービスを目にした時,一度遺影について真剣に考えてみたいと思わされました。

グリーフケアとは

 

グリーフケアとは、大きな悲嘆(グリーフ)に襲われている人に対するサポートです。

突然の事故や、思わぬ病気などにより、ある日突然愛する家族を奪われたら、誰しもが大きな悲しみの淵に立たされ、わき上がる悲嘆に直面しなければなりません。

色々な研究により、死別の苦しみから心が癒え、悲しみを乗り越えて社会に戻っていく過程には以下のプロセスがあると言われています。

まずショック、喪失、閉じこもり、それから心の再生に向かうというものです。

この心が再生するまでには、何より時間が必要です。

また努力も必要です。

この辛く長い道のりを乗り越えていく作業を「グリーフ・ワーク」と呼びます。

この作業を見守るのが「グリーフケア」です。

一人では乗り越えられないほどの悲しみを背負ってしまう遺族にはケアが必要です。

このような遺族に、一人引きこもらずに悲しみを表現してもらい、再度社会と繋がって行くことをお手伝いするのがグリーフケアと言ってもいいでしょう。

このケアを行っている団体は、全国にたくさんあります。

市民グループレベルにまで及ぶと本当にたくさんのグループがあります。

このようなグループでは、お互いの体験を語り合うことによって、再生の過程を模索します。

一人で悩んでいるより、多くの人の苦しみを直視することで、自分の持つ苦しみを客観的にとらえ心の再生を促します。

死は誰にも平等に訪れるものです。

自分もいつかは死ぬことによって人生の幕を下ろさなければなりません。

死は特別な存在ではなく、いつも私たちの身近に存在しているのです。

悲しみの淵に佇むことも、再生のためには必要な時間です。

そこから無理に引き戻すのではなく、再生を促すという自然な優しさがグリーフケアの神髄だと言えます。

 

納骨することなく、自宅に安置しておくことは可能なのでしょうか?

仏壇などに普通に安置してある家庭も、実はあるのです。

実際には、自分と縁のある人物である遺骨に関しては、民法上では特に問題がありません。

ところが、自分とはまったく関係のない、他人の遺骨を預かることに関しては問題があります。

納骨堂としての許可証があるのであれば安置することも可能ですが、一般の家庭において、そのような許可証の発行はまずあり得ないはずですので、縁もゆかりもない他人の遺骨に関しては、自宅に安置することができません。

また、すでにお墓に埋葬されてしまっている場合には、そのような事情においては問題が発生する可能性もあります。

なぜなのか?と言うと、遺骨自体を御墓から取り出す際に、改葬するための許可証が必要になってくるためです。

これも普通に、一般の家庭において、墓地や納骨堂として認められるような許可証が発行されるようなことはないはずですので、一度、納骨してしまっている場合には、自宅に置いておくことは難しいでしょう。

墓埋法の第4条にある「埋葬又は焼骨の埋蔵は墓地以外の区域にこれを行ってはならない」とあることから、自宅に何処かに遺骨を安置しておくことは可能ですが、墓地区域でない自宅の庭などに、お墓を作って埋めるということは、法に触れることになりますので気を付けてください。

故人と少しでも一緒に居たいという気持ちも解りますが、できればきちんと納骨した方が安心できると個人的には感じます。

 

各宗教宗派によって、いろいろな葬儀式はありますが、現代人になればなるほど、個人的な葬儀というのが多くなっているようです。

近年では、葬儀などの儀式を一切を行わず、翌日には火葬してしまう「直葬」が多くなっているようです。

わずらわしく感じる葬儀を本当に、親戚や友人、知人なども一切呼ばず、まったくの家族だけで済ましてしまう「家族葬」というものが増えてきているようです。

日本では、資金的な面からお葬式を行うこと自体が家族の負担と考える人が増えてきていたり、核家族化の問題もあるのかもしれませんので、時代の流れと言えばそうなのかもしれません。

葬儀というのは死んだ人のためにあるものではなく、今を生きている残された遺族のためにあるもの、と考えると人生の区切りというのを確りとやるには、どういう形であれ、葬儀はやはり必要ではないかと思います。

営利目的に特化した葬儀業者なども、たくさんあるようですので、現代人の葬儀に関して暗い話題になっているのかもしれません。

この頃は、高齢化した独居老人による孤独死という葬儀なども行うこともない、大変、悲しい事例も増えてきてしまっています。

宗教的な儀式なのか、慣習的な儀式なのか......どのようにとるかは家族や個人の問題なので、一概になんとも言えませんが、家族のつながりなどを再認識するためにも、葬儀には大きな意味があると再認識する時期に来ているのかもしれません。

自分なりの最後とはいっても、当人はもう居なくなっているわけですので、どのようになるかは解りませんが......。

 

普段の生活の中で、弔事と慶事がどうしても重なってしまう場合があります。

親戚の葬儀と知人の結婚式が重なってしまった場合、どうしたらいいのでしょうか?

時間的な調整ができるのであれば、当然、両方に出席しますが、どうしても重なってしまった場合はどのような場合であれ、弔事を優先するのが一般的なマナーです。

葬儀は、その人にとって本当にたった一度のきりの最後の厳粛な儀式に他ならないからです。

慶事に関してもそうではあるのですが結婚式は何回もあるかもしれませんが、葬儀に関しては本当に一度きりのことです。

葬儀は、お通夜か告別式のどちらかに参列すればいいはずですので、時間的には調節を付けることも十分に可能かと思います。

家族や自分自身の結婚式と重なった場合、当然、葬式の参列は止めましょう。

余談になりますが、結婚式だけでなく、やむをえない事情のために参列できない場合はどうすればいいのでしょうか?

準備で急がしい喪家に、電話などでお詫びやお悔やみを伝えるのは、あまりに失礼にあたります。

まずは、弔電を打ってから、その後で、お悔やみの手紙を出すようにするのがいいでしょう。

列席できない理由が慶事なら、喪家の気持ちを考えて、あまり詳しく説明するのは控えておきます。

最後の別れにどうしても、ということでしたら、四十九日までは遺骨が喪家にあるはずですので、まずは遺族に連絡を取り、都合を聞いてから弔問して、お線香をあげて、故人を偲びましょう。

 

人間というのはいつどこでどうなるわかりません。人生の後半ともなれば、その「いざというとき」に現実味が増してきます。


そこで、最近では、いざというときのために金銭に関することや葬儀のことなど、あらかじめ自分の考えを記しておく「エンディングノート」という言葉がよく聞かれるようになってきました。


これは、遺言と違って法的効力はないそうですが、家族にとっては重要な判断材料になるようです。


このエンディングノートは値段も種類もさまざまあるようで、書き込む内容も家族への伝言といったものから、葬儀やお墓のこと、貯金や保健などに関するもの、自分史など実に幅広い内容があるようです。本屋などにも売っているそうです。


こうしたエンディングノートをテーマにしたドキュメンタリー映画が10月1日にから公開されます。


「誰も知らない」などの作品で数多くの賞を受賞している是枝裕和監督がプロデューサーを務め、是枝監督の下で仕事をしてきた砂田麻美さんの初監督作品です。


主人公は砂田監督の実父で、がん宣告を受けて亡くなるまでを追いかけた作品です。



「段取り命!」という熱血サラリーマンだった砂田知昭さんが、第二の人生を謳歌しようとした矢先にがん宣告を受けます。


そして「自らの死の段取り」に取り組み、エンディングノートを作成していく過程を追っています。


予告編では、がん宣告を「人生の大誤算!!!」とするなど、決して暗く陰鬱な姿だけを見せるのではなく、笑いと涙のエンターテイメントに仕上がっているようです。


彼のエンディングノートの「Last to do」は「妻に(初めて)愛していると言う」だそうです。


 

先祖を祀る象徴的な対象は日本では位牌が挙げられるのではないでしょうか。

関西や関西の周辺地域では、夫婦を同じ位牌で祀るそうですが、その他は大抵、位牌は一つで、亡くなった人の家に祀るのが通常です。

しかし、中部地域と関東の北部地域には、一人の位牌をその人の子供の数だけ作る習慣のある地域があります。

これは、男女の隔てなく行われるそうで、子供は全て親の位牌をもらって祀る習慣があるそうです。

この場合は他家へ嫁いだ娘の場合も同じに位牌を譲り受け、嫁ぎ先の仏壇で祀るそうです。

ある地域では、親が亡くなった場合は、葬式の翌日に嫁いだ姉妹や分家した兄弟が集まり、喪主から親の位牌を分けてもらいます。

ただし、位牌を分けるのは既婚者に限られており、未婚者はその対象とはならないようです。

この位牌を客仏(きゃくぼとけ)と呼び、それぞれが、大切に家に持ち帰り、家には親戚や近所の人たちを招待して、盛大に披露が行われました。

それ以降、客仏は他の位牌と同様、区別することなく祀られたようです。

このように、この地域では、その家で産まれ育った者と、他家で育った者と、他家から譲り受けた客仏が平等に祀られましたられました。

このことから、日本人の祖先感がうかがえるような気がします。

家長夫婦が家を継ぐという、家長制度が一般的とされた昔の日本の堅苦しい制度ですが、位牌分けの慣習を通してみると、先祖という意識は、どれだけ広く持たれていたのかと驚かされます。

妻も、妻の両親も、母も母の両親までも先祖として大切に祀られてきたのですから、日本人の本来もっている大らかさがここに集約されている様な気がしてなりません。

 

「ホテル葬」というのは、ホテルを会場にして行われるお別れ会のことを指します。

ホテルは、社葬の会場として利用されることが多い様ですが、近年では、規模の小さな個人や一般のお別れ会としても提供されているようです。

しかし、ホテルでは結婚式や披露宴などといったお祝い事の会場となる場合も多いので、各ホテル独自の規制のようなものが設けられているので注意が必要です。

ホテル葬での主な規制は、「遺体」の運び込みはできないことが挙げられます。

また、「遺骨」「位牌」なども許可しない所も多い様ですので注意して下さい。

「線香」や「焼香」も、部屋や会場に匂いがつくので禁止されています。

「読経」も禁止されている場合がありますし、場合によっては「僧侶が僧衣で」入館することも規制の対象としているホテルもありますので予め確認の必要があります。

これらのことを考えるとホテル葬で行えるのは無宗教葬となる場合が多いということです。

よく見かけるホテル葬の形は遺影を飾り、献花をするというのが一般的なようです。

ですので、参列する場合も平服着用が原則となっている場合が多い様です。

しかし、故人が亡くなってすぐの場合は喪服の場合が相応しいこともあるので、一度確認しておくとよいでしょう。

また、ホテル葬を行う場合は○○さんを忍ぶ会、お別れ会などといった表現が使われ、○○葬という表現は控えます。

厳しい規制や制限のある中、ホテル葬をすることのメリットとは何かというと、ゲレードの高いお葬式をすることができることや、高いサービス、高い企画力や演出力。駐車場が完備されていること等が挙げられます。

寺院を決める?

 

近年は転勤や、就職で田舎から遠い場所に永住することも増え、縁のあったお寺とも距離ができてしまいました。

またお寺とかかわるのは、お葬式の時だけという場合が殆どといった家庭も少なくないので、増々お寺離れが進んでしまいました。

ですので、いざお葬式という段になってはじめて、「菩提寺探し」に苦労される方が増えてきたようです。

できれば生前に菩提寺や宗派の確認をしておきたいものです。

家族が亡くなると、菩提寺が分かっている場合は、菩提寺に直接電話をして死亡の知らせをしますが、菩提寺は分かるけれども、遠方で頼めない場合や、菩提寺が分からない、または無い場合はどのように菩提寺を決めればよいのでしょうか。

菩提寺がわかるけれども、遠方で頼めない場合は、まず電話で報告し、近くにある同じ宗派の寺を紹介してもらうことができます。

その他ににも、遠方の菩提寺でも、僧侶だけ来てもらえると言う場合もありますので、相談してみることをおすすめします。

菩提寺があるにもかかわらず、近くのお寺で勝手にお葬式をあげると納骨してもらえななどのトラブルが生じることがありますので、注意が必要です。

また戒名には、宗派独自の戒名の付け方がありますので、その点においても納骨時のトラブルとなりますので、菩提寺に一報入れることが大切です。

菩提寺は分からないけれど、宗派がわかるという場合は、葬儀社にお願いして、近くの同じ宗派のお寺を探してもらいましょう。

この際もトラブルとならないように、慎重にことを運びましょう。

もし、菩提寺といったものがなく、親戚などに聞いても宗派が分からない場合は、近くの寺で俗名のままお葬式をあげることになります。

この場合も葬儀社にお願いすると、トラブルなく事をはこぶことができます。

 

お別れの会は、招かれたら出席するのが原則です。

案内状にはすぐに返信を出しましょう。

お別れ会には、友人主催の場合や、会社主催の場合など色々ありますが、遺族主催のお別れ会の場合は、当日現金を包むのが一般的の様です。

通常は1~2万円包みます。案内状に辞退の旨が記されている場合は、持参しても受付で返却されますので持って行く必要もないようです。

お金を包む場合の表書きですが、お別れ会の場合は宗教的な制約はないので、あまり気にせず書けばいいようです。

不祝儀袋「御香典」としてもかまいませんし、白い封筒に「お花料」「志」などと記しましょう。

また、友人主催の会費制の場合などは、改めて現金を包む必要はありません。

お別れ会に出席する場合の服装は、亡くなってすぐの場合は喪服を着用するのが相応しいようです。

これは告別式の意味合いが強いためです。

もし案内状に平服で、と記されていたら、男性はダークスーツ、女性は地味なスーツ、又はワンピースで出席しましょう。

お別れ会当日には、早めに会場について、受付をしましょう。

遺族が主催の場合は、遺族に挨拶します。

「本日はお招きいただきまして、恐れ入ります。」などと言い、続いてお悔やみの言葉を述べましょう。

閉会後は遺族に「いいお式でしたね」の一言を添えましょう。

気落ちしている遺族にとって労いの一言がとても救いになる場合があります。

友人によるお別れ会の場合でも、幹事に労いの言葉をかけましょう。

この場合も「とてもいいお式でした」などと一言添えましょう。

 

「私は葬式というものがキライで、出席しないことにしている。」これは、坂口安吾の「私の葬式」という一文の冒頭部分です。

坂口安吾といえば、無頼派と呼ばれる作家のひとりで、この作品も安吾らしい皮肉の効いた文章ですが、終戦直後くらいに書かれた当時の受け取られ方はわかりませんが、葬儀など不要だという人が増えている現在においては、共感する人も少なくないのではないでしょうか。

安吾は自身の葬儀についても、「私の骨なんかは海の底でも、森の片隅でも、どこか邪魔にならないところへ、なくして貰いたいと思っている。」「僕は身辺の人に、告別式というものや、通夜というものはコンリンザイやらぬこと、かたく私の死後をいましめてあるのである。」などとしています。

安吾は、「生きること、全我を賭けて努力し生きることを知るものには、死後はないと私は思う。」と述べ、死後のことより今を精一杯生きることが大事だとしています。

ただ、「もっとも、法要というようなものは、ひとつのたのしい酒席という意味で、よろしいと思っている。」とも述べ、無頼派らしい安吾の面目躍如とも言えるかもしれません。

そして、愛人に対しては、死んだら一人で葬儀を行い、後は友達を呼んでどんちゃん騒ぎをしなさい、「お墓なんか、いりません」と言い渡してあるとしています。

お経や焼香を不要だとしており、「そんなことをやられたら、私は坊主の頭をポエンとやって、焼香の友人の鼻をねじあげてやる」とユーモアたっぷりに締めています。

もっとも、狂気と紙一重のところにいて作品を生み出した彼のことですから、普通の人とは違うでしょうし、ひととして葬儀はきっちりやるべきだと考える人の方が多いのでしょうが。

 

映画「おくりびと」が、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したのは記憶に新しいところですが、葬儀をテーマにした日本映画というのは意外に少なく、主なところでは他に「お葬式」や「寝ずの番」などくらいしかないようです。

1984年に公開された伊丹十三監督の「お葬式」は、俳優の伊丹十三が妻である宮本信子の父親の葬式で着想を得たとされ、葬儀の様子をリアルの表現し、日本アカデミー賞などを受賞、高い評価を得ました。

この映画では、主人公が妻の父親の葬儀に臨み、僧侶への心付けの相場など、初めてのことだらけで葬儀のことを何も知らず、あたふたする様子などがコミカルに描かれます。

主演の山崎努は「おくりびと」にも出演していますが、その演技は秀逸でした。

出演者は妻の宮本信子の他に菅井きん、大滝秀治、津川雅彦らシブイ役者が集まっています。

監督を務めた伊丹十三の父親は映画監督の伊丹万作です。

また、ノーベル賞作家の大江健三郎の妻が伊丹十三の妹で、伊丹十三の義弟という関係になります。

伊丹十三が京都から松山の高校に転校した際、同じ高校に大江健三郎も転校しててきて、友人となったそうです。

「お葬式」は、神奈川県湯河原町にある伊丹十三の別荘で撮影が行われたそうです。

短期間でシナリオを書き上げたことが知られていますが、伊丹十三はエッセイストとしても優れた作品を残しており、高校時代から執筆活動を行っていたようで、文才に優れた人物だったようです。

霊柩車以前は?

 

現代では、自家用車自体が珍しい存在ではありませんが、もちろん自家用車はもとより、車の存在そのものが珍しい時代がありました。

ではその時代、霊柩車のかわりには、どんな手段が使われていたのでしょうか。

霊柩車が日本に導入されたのは大正時代のなかば頃だと言われています。

大正時代は、路面電車の時代であり、自家用車は数えるほどしか走っていなかった時代でした。

この時代に霊柩車で棺を運ぶことは大変に珍しいことであったと想像できます。

そんな霊柩車が登場する前は、自宅から火葬場までは、かごや輿にのせて棺を運んでいました。

そして会葬者は列をなし、そのかごや輿に付き添い歩きました。

これを野辺送りともいい、長い時代にわたって行われてきました。

また、「野送り」「野辺の送り」などと呼ぶ地方もあります。

この野辺送りの原型と言えるものは、平安時代中期頃には始まっていたと言われています。

しかし、庶民レベルには浸透してはいないものでした。

一般にこの野辺送りが定着したのは、江戸初期以降と言われています。

しかし、野辺送りという慣習は、霊柩車の普及によって、無くなりました。

本来の野辺送りには、棺を運ぶという役割の他に、亡くなって間もない、荒れやすい魂を押さえ込むという重要な役割がありました。

無くなったばかりの魂は、ぞんざいに扱うと地域全体に災厄がもたらさねかねないとされていました。

そのため、野辺送りの葬列にも色々な意味を込めた呪具や民具を使用していました。

これらの呪具や民具も野辺送りの葬列の習慣が消えたによって消滅しました。

昔の映画や資料によってしかそれを確認することはできません。

 

仏壇の安置に関しては、諸説いろいろありますが、そのうちのいくつかを考えてみましょう。

まずは「本山中心説」というのがあります。

仏壇の前に座った時、その延長線上に自分の宗派の総本山があるようにするように仏壇の向きを配置する考え方です。

次に「西方浄土説」というのがあります。

西方浄土と呼ばれる仏教で理想とされている方向である西を向いて拝めるように、仏壇を東向きに配置するという考えです。

さらに「南向北座説」というのもあります。

宮廷人が北に座って従者と対面していた、という古い慣習があり、それに習って北座になるように仏壇を配置するという方法です。

これらのは一意の方向を踏まえたうえで、納得のいく方向を考えて配置するのがいいと思われます。

神棚の場合は、南向き、東向きが良いようです。

複数階の建物の場合にその上に何があるかなども気にする必要があります。

最上階であれば問題はないかと思います。

不浄なものは穢れとあつかわれてしまうので、トイレやお風呂などの真下は避ける方がよいでしょう。

寝室もよくはありません。

人よりも上の鴨居上に祀るのがいいと思われます。

もう一つ注意したいのは、別々の部屋の方が良いのですが、神棚と仏壇を同室に配置しなければならない場合、どのように配置するのか頭を悩ませる問題ではないかと存じます。

そういう場合には、対面に配置するのはあまり良くないとされていますので注意してください。

仏壇の斜め上に、並列した方向に配置するのがいいでしょう。

 

古くなってしまった仏壇を新しく買い替えたい場合はどのようにすればいいのでしょうか?

新しい仏壇を購入した場合は、基本的には古い仏壇を処分する必要があります。

引っ越しの際の仏壇の取り扱い同様に自分の宗教宗派に合わせた対応が必要になると思いますので、檀家になっているお寺さんと相談して、必要に応じて「閉眼供養」による仏壇の「お魂抜き」「抜魂」などの儀式が必要に成る場合もあります。

閉眼供養をしたからといって、個人で分解して大型の粗大ゴミとして捨てるようなこともなるべくしないようにしてください。

菩提寺などがある場合は、どのように処分したらいいのか、先にそちらの方に相談するのが一番だと言えます。

新しい仏壇を購入した仏具店などでは、僧侶による閉眼供養を行った仏壇を引き取って処分してもらえることがほとんどですので、そちらも確認しておくといいでしょう。

その場合の仏壇は専門のお焚き上げ(お焚き上げと言っても現在は消防法やダイオキシンなどの環境問題で焼却は不可能)を行う場所に集められて、解体処分されることになります。

新しく購入した仏壇には、やはり、引っ越し後と同様に各宗教宗派によっては、「開眼供養」によるお魂入れの法要を行う必要があります。

この場合にも、当然、僧侶への御布施などが必要になります。

購入などの買い替えの時期というものも特にはありませんので、少し痛みが酷いと感じたときに買い替えるのがいいでしょう。

坊主丸儲け

 

「坊主丸儲け」ということわざがあります。

これは、元手をかけず利益を上げることができるということで、やっかみを含んだ言い方をされる場合が多いようです。

実際に僧侶について語るときにも使われやすいことわざだと思われますが、現在の仏教の現状について否定的に「葬式仏教」と呼ばれることもあるようです。

仏教はもともと、葬儀などの儀礼を重視していなかったとされていますが、日本に伝わってくるまで、また、伝わってからの歴史の流れの中で、葬式仏教として形が整えられていったようです。

特に、江戸時代の檀家制度などによって、僧侶が布教などをする必要がなくなり、安定した生活ができるようになったことが影響しているそうです。

そうして近年では、そうした仏教に対し批判的な論調が増えてきました。

仏教界自身も、反省を持ってさまざまな取り組みを行っているようです。

しかし、一方で、仏教が葬式仏教などと揶揄されるようになったのも、仏教が教条主義的ではなく、柔軟な考え方があるためだという見方もあるようで、肯定的な考えもあるようです。

いずれにせよ、葬儀などの儀礼も含めて仏教が人々の心に深く浸透しており、「坊主丸儲け」などと言っている人が、葬儀に際して僧侶に深く感謝したりすることもあるようで、理屈だけでは割り切れないのが人間ということでしょうか。

このあたり、将来的にどうなっていくのか業界人としては非常に興味が深まる部分でもあります。

仏教そのものを不要とするようにはならないとは思いますが、仏教と葬儀が切り離される時代が来るのか、それとも、今後も仏教と葬儀が密接にかかわっていくことになるのか。

今後もその時代の人々の考え方や価値観と共に、それらが変化していくことは避けられないでしょう。

霊柩車について

 

子どものころ、霊柩車を見たら親指を隠さなければならない、と信じて親指を隠した記憶のある人も多いのではないでしょうか。

親の死に目に会えないからと言われることが多いようです。

もちろんこれは迷信です。

これまでは霊柩車といえば、御輿のような棺室を黒い車に乗せたものが多かったと思います。

これは宮型霊柩車と呼ばれています。

金額にすると二千万円程度です。

この宮型霊柩車が最近めっきり減ってきております。

目立ちすぎるというような理由もあるでしょうか。

最近では、洋型あるいはリムジン型と呼ばれるタイプが主流になってきています。

他にバス型といってバスを改造したタイプなどもあります。

ただ、霊柩車も地方によって様相が異なりますので、一概には言えませんが。

その昔は人が運んでいたわけで、そのうち時代劇で見るように棺桶や大八車で運ぶようになり、自動車が出てきてトラックなどで運ぶようになってから、霊柩車というものができたようですので、歴史としてはそれほど古くはありません。

今の形の霊柩車は大阪の葬儀屋が発祥だといわれているようです。

明治天皇が崩御された際には、鉄道霊柩車で東京から京都にある御陵の近くまで運ばれました。

一般では、大正時代に名古屋で電車の霊柩車があったそうです。

その当時、東京や大阪でも計画があったそうですが、実現はしなかったといいます。

また、ネットで「霊柩車」を検索すると、霊柩車を製造・販売している会社のホームページがいくつか見つかります。

「霊柩車」そのもののリースもあるようです。

先日、そのように検索していたら「バイク型霊柩車」というのを見つけました。

どうやら外国でバイク愛好家のために編み出されたもののようですが、世界にはまだ我々の知らない、多種多様な霊柩車があると思われます。

 

引っ越しを行わなければならないとき、仏壇はどのように取り扱えばいいのでしょうか?

各宗教宗派などによっては、個別に"決まりごと"がある場合もあります。

引越し前に一度、閉眼供養で、一旦、仏さんを抜く「抜魂」、移動後に再度、開眼法要で仏さんを入れてもらう「入魂」という儀式を行う必要がある場合もあります。

「閉眼供養」というのは、仏壇や墓石を祭祀の対象から外して、ただのものに戻す儀式です。

これを行うことによって、仏壇を一旦、ただのものにして搬送する必要がある場合があるということです。

また、移動の際にも、他の荷物よりも早く引っ越し先に入れないといけない、と言ったこともあるかもしれませんので、自分の宗派に合わせた対応が必要になってくると思いますので、一度、檀家になっているお寺に相談したり、確認をしておいた方がいいでしょう。

普通に引っ越しの業者さんに頼めば、梱包までしてくれるサービスがあるのですが、万が一にも、自身で運ぶ際には、吊り提灯や掛け軸といった外せるパーツは徹底的に外し、内部の仏具に関しても、ひとつひとつ丁寧に梱包して、気を付けて搬送します。

仏具の搬送などを請け負っている専門業者もありますが、大手の引っ越し業者であればそれに対応するサービスはあるはずですので、業者に電話などをした際に聞いておくといいでしょう。

閉眼供養、開眼供養を行うための僧侶への御布施と、それなりの搬送費用が必要になってくる場合を考えて準備をしておきましょう。

東日本大震災

 

3月11日に起きた東日本大震災では、岩手、宮城、福島を中心に広い範囲に大きな被害をもたらしました。

津波の被害が想像を絶するもので、さらに福島第一原発の事故が追い打ちをかけるという悲惨な状況です。

東日本大震災による全国の死者、行方不明者は8月2日の時点で2万522人となっており、このうち行方不明者は4,866人となっています。

こうした行方不明者の家族の人たちには、もしかしたらどこかで生きているかもしれないと考え、あきらめきれない人も多いようです。

しかし、お盆前には供養してあげたいと考え、行方不明のまま死亡届を提出して葬儀を行うケースが増えていると各マスコミ報じられています。

中には、死亡届を出さず、葬儀だけあげた人もいるそうです。

死者のうち92.5%が水死となっています。

今回の津波では、遺体どころか遺品すら跡形もなく消えてなくなったという場合もあり、津波の恐ろしさを改めて突きつけられた格好となりました。

お盆前に葬儀をあげることで、区切りがついて前に進もうとする気持ちになったという遺族がいる一方で、そうしたいが、いまだに気持ちの整理がつかず、踏ん切りがつかない人もいるようで、遺体がない中での葬儀というものが、いかに苦しい決断だったかということが想像されるでしょう。

死者のうち、身元不明のままとなっている遺体が1,000例を超えているようで、できるだけ早く遺族の元へ返したいと考えている警察では、行方不明者の家族のDNA情報をデータベース化し、照合する作業を始めたようです。

 

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだなと、お彼岸が近づく度に思わされますが、秋の気配が近づくと故人のお墓参りの季節だと感じられる方もたくさんおられるでしょう。

春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」といわれ、秋分の日は「先祖を敬い、亡くなった方をしのぶ日」とも言われており、国民の祝日に指定されています。

一般に、彼岸というと春分の日をさし、秋分の日は、秋のお彼岸と呼ばれ区別されています。

お墓参りに関しては、彼岸の日をはさんで前後三日のうち、つまり計七日の間に行けばよいとされています。

お墓参りには、花や線香を持参します。

水や水を入れる桶や掃除道具は管理事務所やお寺で貸してくれますが、借りることができない場合は持参します。

まず、手桶に水を汲み、その水で墓石を洗い清めます。

その後墓石回りの掃除をします。

次に花立に花をいけ、線香に火をつけ供えます。

こうしてから、故人の墓に拝礼します。

その際は、新しく汲んだ水をひしゃくでかけます。

これは仏様となった故人に、のどが渇かないようにと水を飲ませてあげるという風習からきています。

お彼岸近くになるとお供えのセットがスーパーなどで売られたりしますが、仏壇のある家では、新しい水やお花を飾り、彼岸団子やぼたもちをお供えします。

これは、正月にもちや団子を作るのと同じことで、先祖を供養することが本来の意味だったといわれいます。

こうしてお供えしたものを、仏壇や祭壇から下ろして、家族みなで、仏様と一緒に食べるのが昔からの慣わしです。

数珠の起源

 

日本人の大多数が持っている数珠ですが、その起源についてまで知っているという方は少なくなってきているのではないでしょうか。

キリスト教やイスラム教の方まで持っているということは無いにしても、神道の方でも仏式の葬儀に参列する際は持参される方も多いとお聞きします。

そこまで日本人に根付いた数珠ですが、起源は仏教の起源と同じインドにさかのぼることができます。

数珠の玉数は基本的に108個です。

これは人間が持つ煩悩の数といわれています。

元々は数珠は仏号と唱えるときに「今何度唱えているか」を計算する道具でありました。

私たちが持つ108の乱れやすい心、すなわち煩悩を仏教の教えを唱えることによって救うための道具だったということでしょう。

玉を通す糸は私たちの心に通じているとも言われ、環状になっていることも心がまるく治まることを意味しているそうです。

それがシルクロードを渡り仏教と共に日本に広まると同時に、各宗派の様式を備えた数珠へと変化していきました。

基本の玉数は108個と変わりませんが、弟子玉や房の形状によって宗派を区別することができます。

持ち方も宗派ごとに特徴のある持ち方がある様です。

現在の私たちが使用している数珠は、煩悩を起源にした108個の数珠のかたちを基本としていますが、持ちやすくするために球数を半分にした54玉や1/4にした27玉、また108個にちなんだ18個の数珠など形式にとらわれない数珠が一般化してもいます。

葬祭業への参入

 

1年ほど前に流通大手のイオンが、寺院紹介サービスとして葬祭業に参入し、物議をかもしたのは記憶に新しいところです。

これまでわかりづらかった葬儀費用について、いくつかのタイプとして目安となる料金表を明示しました。

これに仏教界が反発する一方、一般の人々には受け入れられたようです。

これまで、疑問に思いながらも高い葬儀費用を人々が受け入れてきましたが、近年では、お寺との関係が希薄になってきたことなどで、葬儀を行わない火葬のみの直葬が増えてくるようになりました。

戒名などは不要という人も増えています。

こうした中で、宗教学者の島田裕巳氏の「葬式は、要らない」がベストセラーになり、葬儀を巡る論争はさらに加熱したようです。

島田氏は、メディアのインタビューで、イオンのやり方は間違っていると批判しています。

結局はお寺にお金が入るわけで、お布施という本来の趣旨が資本の論理に取り込まれただけだなどとしています。

ただ、料金が明確にされたイオンの葬儀サービスは、一般人の支持を得ているようです。

危機感を持った仏教界でも、葬儀に関してこれまでとは違った前向きな取り組みが始まっているようです。

イオンは、三重県四日市市にあった老舗呉服屋「岡田屋」の7代目だった岡田卓也氏が発展させた企業で、ダイエーが衰退する中で、郊外に大型ショッピングセンターなどを次々に出店、業績を伸ばしてきました。

なお、現政権与党(2011年10月時点)である民主党の岡田克也氏は、岡田卓也氏の次男であることは知られています。

梵語の世界

 

仏教を学ぶ上で必須とされているのが梵語、俗にいうサンスクリットではないかと思います。

古代インドで使われていた「完成した、洗練された」という意味を持つ言語で、規制が多く論理的でやや難解な言語です。

インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派に属し、ヨーロッパの言語に似通っています。

紀元前1500年前から使われています。

近年では、通常はデーヴァナーガリーという文字で書かれているのですが、様々な文字で書かれています。

その中のひとつの言葉に梵字があります。

日本で取り扱っているサンスクリットというのは、「悉曇学(しったん)」と呼ばれていて実際は、密教と密接関係していて独自発展していったため、実際に使われているデーヴァナーガリーとは全く異なり、この梵字という筆文字風の書体文字を主体としていて、非常に独特なのが特徴です。

通常の文法と語彙の知識だけでは、まったく整合性が取れなくなっているのも事実です。

そのために仏さまの象徴という意味合いが強く、梵字ひとつを仏様と表すこともできるようになっているのです。

仏教の原本は、サンスクリットを表記する文字のひとつが梵字なのですが、単純に表音文字であるだけで、それ自体が仏様を表しているなどとは、まったく関係のない部分も多くあるので、純粋にそれとこれとは別物として、切り離して考えると混乱は少ないと思います。

宗教的な意味合いで学ぶ場合と純粋に言語として学ぶ、そのように分けて考えると理解が深まると思います。

火葬の伝来

 

日本では火葬が一般的で、ほぼすべてが火葬となっていますが、この火葬というのは、仏教の伝来と共に日本に伝わったという説が有力なようです。

ただ、それ以前の古墳時代にも火葬が行われていた可能性が強いと言われています。

現在では火葬場で行われるのがほとんどですが、昔は集落から離れた場所で行う野焼きが一般的で、数十年前まで野焼きが行われた地域もあるようです。

ただ、火葬が広く行われるようになるのは江戸時代の頃くらいからで、それまでは棺桶に入れて土葬するのが一般的だったようです。

江戸時代くらいからは、墓地などに火葬場が作られるようになってきたそうです。

明治維新後に一時火葬禁止令が出されますが、2年ほどで撤回されています。

神仏分離の方針からですが、仏教徒らからの強い反発があったそうです。

また、衛生面という理由もあったそうです。

火葬の場合は、衛生面の他に、遺骨を簡単に持ち運べるようになるというメリットがあり、墓地の面積も少なくて済むなどのメリットもあり、普及が進んだようです。

世界にはイスラム教徒のように火葬してはならないというケースもあり、日本に住むイスラム教徒はどうしているのか気になりますが、日本にもイスラム教徒用に土葬ができる施設が2か所あるということです。

現在でも、東京や大阪など自治体が条例で禁じている場合もありますが、基本的に土葬が法律で禁じられているわけではありません。

東日本大震災では、遺体の数が多すぎて火葬場の能力を超えることとなり、腐敗が進む前に土葬されることが多くあったそうです。

弔電あれこれ

 

弔電は訃報を受けたとき、遠方ですぐ駆けつけられない時や、仕事の都合がどうしてもつかずに駆けつけられない場合にとりあえずか打ちます。

これはお悔やみの挨拶が遅れないための配慮です。

弔電は故人の冥福を祈り、遺族にお悔やみための気持ちを伝えるためのものです。

文面の形式は、NTTの指定文例を使えば、悩む必要はありません。

自分で打つ場合は、葬儀の時に読み上げる場合があるので、わかりにくい言葉や忌み語は避けます。

また弔電は喪主に宛てて書きます。差出人がわかるように文中に差出人のフルネームを入れます。

喪主がわからない場合は、故人のフルネームを書きご遺族様、または、遺族ご一同と付け加えます。

また、先方の宗教がわからない場合は、宗教用語は使わないのが無難でしょう。

弔電は【電話】115番にダイヤルしAM8:00~PM10:00まで受け付けてくれます。午後7時までに受け付けた電報はその日のうちに配送してくれます。

また、配達日と時間も指定できますので、葬儀に間に合うように早めに打ちましょう。

また、インターネットでも「D-MAIL」で24時間申し込みできますので、一度のぞいてみましょう。

弔電の送り先についてですが、普通は弔電の受取人の自宅に打ちますが、葬儀が他の式場で行われる時は、その会場気付けで打ちます。

最後に弔電の忌み言葉を紹介いたしますので参考にして下さい。

【1】繰り返す言葉...不幸が重なるのを嫌うため(例:重ね重ね、かえすがえす、またまた等)

【2】繰り返しを予想させる言葉...不幸が再び訪れるのを嫌うため(例:再々、追いかける、次に、また、やがて等)

【3】九

【4】生々しい表現(例:死ぬ、生存中、自殺等)

【5】成仏できない言葉(例:浮かばれない、迷う)

【6】仏教用語や宗教用語(例:冥土、供養、成仏)

詐欺や悪質商法

 

東日本大震災に便乗した詐欺や悪質商法が急速に増加中!

東日本大震災に便乗した詐欺や悪質商法が話題になっているようです。

偽装募金などはまだかわいい方で、被害を受けた自宅の補修などに関連したリフォーム詐欺や、放射能測定器をめぐる詐欺、貴金属の寄付を強要するなどさまざまあるようですが、葬儀に関するトラブルも起きているようです。

津波被害で亡くなられた犠牲者の遺体の安置に1日10万もの高額請求をされたケースなどがマスコミで報じられています。

地震や津波などで被害を受け、苦しんでいる被災者から金をだまし取るような行為には胸が痛みますが、火葬の順番が回ってこないなど一般的な葬儀とは異なる状況があり、そうした点に悪徳業者がつけ込むのでしょう。

一般的な葬儀では、遺体を自宅に安置できない場合、安置施設へ安置することになりますが、利用料としては数千円から数万円程度で、10万円というのはどうも高すぎるようです。

ネット上の掲示板にもこの問題が取り上げられていますが、葬儀業界に批判的な書き込みが目立つようで、諸外国に比べて高額すぎる葬儀費用を例に、葬儀社だけでなく日本の仏教そのものを批判する書き込みまであるようです。

こうした一部の心ない業者のせいで、大多数のまじめで誠実な業者まで色眼鏡で見られるというのもさみしいことです。

遺体安置所といえば、津波で亡くなられた人々が体育館のようなところで安置され、家族と見られる人が確認している様子を写した画像がネット上に出回っているようです。

外国メディアによるものらしいですが、こちらも賛否両論あるようです。

 

お墓のない喪家(そうか)は、四十九日を過ぎたらお骨を菩提寺や霊園の納骨堂に一時的に預かってもらい、一周忌か三周忌(没後2年目)を目処としてお墓を建て、納骨する場合が多いようです。

一時預けには、お布施や規定の料金が必要な場合があります。

また、最近では永代使用できる納骨堂も増え、お墓を持たない家も多くなりました。


 

(社)全日本冠婚葬祭互助協会とは、略称を「全互協」とも言い、月掛金を一定期間払えば、「結婚式」「お葬式」などに利用できるシステムです。


一般価格よりお得な会員システムを取り扱っています。

全国各地に大規模なセレモニーホールを次々と建設し、一層の拡大を図っています。

月掛金額や積み立てる期間は、各社とも利用者の要望に応えており、儀式に対する地域の風習などを考え、さまざまなコースを用意しているというのが特徴です。

(社)全日本冠婚葬祭互助協会は、経済産業省の許可事業でもあります。

またセーフティーネットも充実しているので、安くて便利に利用できると注目を集めているものとも言えるでしょう。


シイバシ葬祭 本店地図
〒230-0042
神奈川県横浜市鶴見区仲通
2-70-5